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山は博物館

それは戦時下だった/11 本土決戦目前、三原山に陣地

展望台から見る三原山。戦争中、多くの陣地が構築されていた=東京都大島町で、荒木涼子撮影

 太平洋戦争末期、米軍が小笠原諸島から伊豆諸島へと北上し、日本本土に上陸するのは時間の問題だった。日本軍は両諸島の防衛を強化。最北のとりで・伊豆大島では、住民を動員して三原山(758メートル)の陣地構築を急ぎ、戦闘の足手まといになる子供や老人は本土に疎開させた。敵は小笠原の硫黄島を落とし、いよいよ迫ってきた。

 大島は周囲約52キロ。東京港まで100キロ余りしかない。日本軍の本格的な展開が始まったのは1943…

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