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パラアスリート交差点2020

やってみる 「やってみなさい」が原点=車いすバスケットボール・鳥海連志

車いすバスケットボール男子の鳥海連志=久保玲撮影

 僕は生まれつき手や脚に障害があり、行動が限られていました。でも、何事にも挑戦しようとしました。

     保育園の時、2メートル近い壁から飛び降りると言って、周囲の大人たちを困らせたこともあります。そんな時、父や母は「まず、やってみなさい。だめなら他の方法を考えればいい」と自由にやらせてくれました。それが、今の自分につながっていると思います。何事も「やってみる」は僕の原点です。そんな話をこれから伝えていきます。

     僕は長崎市で生まれ、中学時代は長崎県西海市で過ごしました。海と山のあるのどかな街。夏に帰ると、海がとてもきれいで磯の香りが鼻をつく。街灯は少なく、広がる闇に「帰ってきたなあ」という気持ちになります。

     通っていた西海市の大島中は部活動に全員が参加することを勧めていました。体を動かすことが好きなのでバスケットボール部に入りたかったのですが、男子バスケ部はなかったので友達が誘ってくれたテニス部に決めました。

     中学1年の時、女子バスケ部のコーチから「車いすバスケって知ってる?」と練習の見学に誘われました。「見に行くだけなら」と後に所属する佐世保クラブの練習に行きました。競技用の車いすに乗せてもらいましたが、操作がとても難しく、シュートが全然決まらない。悔しくて、自分に誓いました。「チームで一番うまくなってやる。日本代表を目指そう」。車いすバスケ人生が始まりました。

     17歳で出場したリオデジャネイロ大会は、納得できる出場時間を得られませんでした。目標は6位入賞でしたが、結果は9位。「必死にやったつもりがこの結果か」と、自分と世界との壁の前に力が抜けました。「もういいや」とバスケをやめようとも思いました。でも、自分はまだ何も成し遂げていませんでした。競技に打ち込める首都圏に拠点を移すことを決め、腹は固まりました。

     日本がメダル獲得を目指している2020年東京大会では、チームの軸として活躍を期待されています。いくつもの困難が待ち構えているでしょうが、そのたびに僕はこの言葉を思い出したい。「やってみる」 (東京パラリンピックを目指す選手のリレーコラムがスタートしました。あすは車いすラグビーの倉橋香衣です)(タイトルは自筆)


     ■人物略歴

    ちょうかい・れんし

     長崎市出身。手や脚に先天性の障害があり、3歳で両膝下を切断。中学1年で車いすバスケットボールを始め、高校1年で日本代表入りした。2016年リオデジャネイロ・パラリンピック代表。17年のU23(23歳以下)世界選手権でベスト5(優秀選手)に選ばれた。20歳。

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