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「色あせぬ百名山」深田久弥の最期を語る元救助隊員 背負った痕1年半消えず

当時の写真を見ながら救助の様子を話す望月一博さん=山梨県韮崎市で2019年2月27日午後2時15分、松本信太郎撮影
作家の深田久弥=1967年

 「日本百名山」で知られる作家の深田久弥(1903~71年)が山梨県の茅ケ岳(1704メートル)で登山中に急逝してから21日で48年。救助活動に携わった同県韮崎市の山小屋管理人、望月一博さん(71)は深田を慕う登山家らに当時の様子を伝えている。5時間半かけてふもとまで搬送した救助活動を振り返り、「元気な時にお会いしたかった」と話す。

 深田は71年3月21日朝、同行者らと茅ケ岳を登り始めた。異変が起きたのは午前11時半ごろ。頂上目前で脳卒中の発作が起こり、前のめりに倒れた。同行者の一人が山を駆け下り、救助を求めた。

 望月さんは当時23歳。韮崎市内で両親が営む飲食店に勤める傍ら、地元の山岳会「白鳳会」に所属し、県内の山を中心に精力的に登っていた。山岳会に救助要請があり、救助隊に加わった。

深田久弥が倒れた場所に建つ石碑=山梨県の茅ケ岳で2019年2月26日午前11時33分、松本信太郎撮影

 現場へたどり着くと、深田は登山道にある岩の上で、左ほおをつけて横向きに倒れていた。すでに息はしていないように見えたという。体力がある望月さんがアルミ製のしょいこに深田を乗せ、ふもとを目指して雪が残る山中を歩いた。

 途中の急峻(きゅうしゅん)な岩場は体をロープで縛り、1時間半かけて通過した。「深田先生を傷つけてはいけない。ご家族が待っているふもとに早く下ろさねば」。5時間半、それだけを考えて下山した。しょいこが肩に食い込み、ついた痕は1年半ほど消えなかった。

 茅ケ岳の深田が倒れた場所には石碑が建つ。望月さんが管理人を務める甘利山(1731メートル)中腹にある白鳳荘には、登山愛好家が深田の最期の様子を聞きに訪れる。多くは百名山を制覇し、深田が最後に挑んだ茅ケ岳に登頂した後にやってくるという。望月さんは「半世紀近く時は過ぎても百名山の価値は色あせていない」と故人の業績をたたえた。【松本信太郎】


 深田久弥(ふかだ・きゅうや) 石川県大聖寺町(現加賀市)出身の作家・登山家。1964年に自身が登頂した国内の山の中から100座を選定した「日本百名山」を刊行し、登山ブームのきっかけをつくった。元日本山岳会副会長。著書は中高年登山者を中心に今も根強い人気を誇る。

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