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マリーナを出航して五分も経(た)たぬうちにそう思い、横口健二はたちまち意気消沈しかかっている。哀別の苦しみもさることながら、体そのものがみるみる調子を落としだしているためだ。不調の原因はいわゆる船酔いというやつだから、海上にいるあいだはまずおさまらないだろう。
いい気になって一〇万円を即金で支はらい、ハナコ(﹅﹅﹅)とのわかれの瞬間をひきのばしてはみたものの、いざナイトクルージングに出てみればかっこつける余裕もありゃしない。しけ気味の洋上は寒いなんてもんじゃなく、なにより波にゆられまくって心身ともにおちつかずおのずと口数も減ってしまう。マリーナ駐車場の東屋(あずまや)でだってあんなに冷えたのだから、海のうえでどうなるかは推して知るべしではあったと横口健二はふるえながらかえりみる。
乗船の直前までは高揚感がまさっていつしか寒気も忘れていた。
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