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2016年4月の熊本地震で震度7を2度観測した熊本県益城(ましき)町で、店舗や自宅が全壊した老舗の茶製造販売会社「お茶の富澤。」が、21年秋から海外販売も視野に農薬を一切使わない有機栽培を始めている。地震前、町内には同社を含めて3軒の茶農家があったが、2軒が被災して廃業したため町唯一の存在に。4代目の富澤堅仁(けんじ)さん(40)は「ここから新しい喫茶文化を創りたい」と意気込む。
同社は富澤さんの曽祖父が1929年に始め、今年で創業93年。高校卒業後、静岡県などで製茶を学んだ富澤さんは帰郷して家族で働いていたが、15年12月に父一行さん(18年に69歳で死去)の病気を受けて後を継いだ。地震に襲われたのはその直後だった。
16年4月14日夜の前震で1回目の震度7を観測。町が混乱する中、消防団員の富澤さんは翌15日朝から町内の片付けや交通整理などにあたった。夜、2トントラック内で仮眠を始め、日付が変わって間もない16日午前1時25分。激しい揺れで目が覚め、跳ね上がるトラックから投げ出された。2回目の震度7の本震だった。目の前の橋は波打ち、家々はごう音とともに崩れていった。
揺れが収まると、幾つもの崩れた建物の前で「人がいる。助けて」と頼まれた。救助に加わり、夜が明けて戻ると富澤さん宅は全壊。店舗も倒壊していた。
当時の店から約8キロ離れた茶畑も被害が予想された。「もう商売もできないな」。そう思いながら向かうと、きれいに伸びた新芽が青々と広がるいつもの光景が広がっていた。可愛い新芽たちが「摘み取るのを待っとるよ」と語りかけているように感じた。富澤さんは「地震前の日常がそこにあるのを見て救われた。立ち止まっている場合じゃないと思った」と振り返る。
車中泊や避難所生活をしながら茶畑に通い、予定より1週間遅い4月末に新茶を収穫。「復興益城茶」として町内の仮設商店街やインターネットで販売した。
地震後は個人への販売に力を入れた。18年7月には「地震で何もなくなった町に憩いの場を作りたい」と、約3000万円かけて再建した店舗にカフェスペースを新設。自家製茶葉を使った食事やデザートは地元だけでなく東京や福岡など県外客の人気も高い。
その後も県内では珍しい玉露の生産に取り組むなど挑戦を続ける。しかし、低コストで大量生産できる大手業者に比べ、手間ひまかけて茶葉を作る中小業者の環境は厳しい。急須でお茶をいれる家庭が減っていることも追い打ちをかける。それでも「お茶は人と人をつなぐ。私も地震直後、お茶に救われたから」と茶の生産にこだわる。
地震の直後、被災を覚悟した茶畑が普段と変わらない姿でいてくれたから、富澤さんも前を向くことができた。新しいカフェスペースに集う人たちの表情を見ていると、昔から人が集まって語らう時、そこにはいつもお茶があったことを思い出させてくれる。
富澤さんのお茶の評価は高まり、20年1月には国内約30の茶農園などが参加した「国産お茶フェス」で緑茶部門の最高賞に輝いた。より安全で安心な茶葉を生産するため、21年秋からは農薬を一切使わない有機栽培に切り替えた。
早ければ22年中にも海外販売を始めようと検討している。草取りなど管理の手間はかかるが、有機栽培は海外に向けた品質保証にもなる。富澤さんは「しんどいことも前向きに捉えられるようになったのは、被災の経験があるから」と語る。
今年も新茶の季節。富澤さんはお茶の間に広がる笑顔を楽しみにしている。【栗栖由喜】
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