
文芸ジャーナリスト・酒井佐忠さんの「詩」に関するコラム。
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短詩の言葉の問いかけ=酒井佐忠
2022/9/8 13:05 1250文字塚本邦雄とともに現代短歌の旗手といわれ、一昨年夏に没した岡井隆の遺歌集『阿婆世(あばな)』(砂子屋書房)が刊行された。斬新な感覚で戦後の短歌史に大きな足跡を残した歌人だが、病の中でも最後まで韻律にこだわった作品群に心打たれる。 歌集後半は死についての考察が続く。絶筆は、<ああこんなことつてあるか死
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ドナルド・キーンと俳句=酒井佐忠
2022/8/18 13:10 1234文字米国出身の日本文学者で源氏物語から俳句まで日本文化の魅力を海外に広めたドナルド・キーンの生誕100年の今年、新たな視点で俳句に焦点を当てた毬矢まりえ著の『ドナルド・キーンと俳句』(白水社)が刊行された。著者はドナルド・キーン賞特別賞も受賞した気鋭の文学研究者で翻訳家。芭蕉に魅せられ、「おくのほそ道
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寺山修司と歌集『202X』=酒井佐忠
2022/7/14 13:07 1223文字演劇ばかりでなく多彩なジャンルで活躍した寺山修司の短歌を読み解く『寺山修司の百首』(ふらんす堂)が刊行された。著者は寺山の短歌と出会い歌人となり、また俳句でも活躍する藤原龍一郎。カウンター・カルチャーの旗手といわれた寺山の現代短歌に新しさを吹き込む魅力が手にとるように伝わってくる。 <海を知らぬ少
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俳句文芸の豊かさ示す=酒井佐忠
2022/6/9 13:07 1243文字高浜虚子の孫で花鳥諷詠(ふうえい)の俳句の発展に生涯をかけ、今年2月に没した稲畑汀子の全容を知る『稲畑汀子俳句集成』(朔出版)が刊行された。第1句集の『汀子句集』から未刊の句集『風の庭』まで収めたもの。俳句文芸の豊かさを知る貴重な出版だ。 ■ ■ 昨年12月、名誉主宰を務める「ホトトギス」の
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ベテラン詩人と左川ちか=酒井佐忠
2022/5/12 13:09 1260文字今年1月に95歳になった大ベテランの詩人、中村稔の画期的な新詩集『寂(しず)かな場所へ』(青土社)が刊行された。戦後の深い喪失感から出発した詩人は、数少ないソネット形式の詩に取り組み、熱い心情と知性をマッチさせた静謐(せいひつ)な作品で知られる。また自伝『私の昭和史』では毎日芸術賞などを受賞してい
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大改訂の俳句大歳時記=酒井佐忠
2022/4/14 13:12 1218文字15年ぶりに大改訂した『新版 角川俳句大歳時記』(全5巻)の『春』の刊行が始まった。2006年に出たものの大規模な改訂版。つづいて『夏』が5月に、最終巻となる『新年』は12月に刊行される。困難な令和の時代に、ささやかな愛に目を注ぐ俳句はいま、空前のブームとまでいわれているが、言葉の基盤となる大歳時
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河野裕子と別れの時間=酒井佐忠
2022/3/10 13:18 1242文字短歌で結びつけられた人との出会いと別れ。その体験の中で作品がさらに深まりを見せていく。永田和宏の最新歌集『置行堀(おいてけぼり)』(現代短歌社)は、別れの悲しみを乗りこえようとする多様な表現に満ちている。 <あなたにはなくてわたしにのみ続く死後とふ時間に水仙が咲く> <二人ゐて楽しい筈(はず)の人
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俳句文芸の発展めざす=酒井佐忠
2022/2/10 12:30 1213文字俳人協会(大串章会長)が昨年11月に創立60周年となった。その記念事業の出版物が次々に刊行された。長引くコロナ禍の中でも俳句の人気は高まっているが、いずれも俳句文芸の発展と普及を願う協会の活動の歴史を知る上で、貴重な資料になるものだ。 ■ ■ まず、『俳人協会六十年史』の刊行。協会は1961
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古代と現代を往還する言葉=酒井佐忠
2022/1/13 12:45 1244文字『岡野弘彦全歌集』(青磁社)が昨年末に届けられた。現代日本を代表する歌人の底力を堪能することができる貴重な出版だ。周知の通り岡野氏は昨年、文化勲章を受章。神官の家に生まれ、幼少から歌に親しみ、その後、戦乱の悲惨さを秘めつつ、国文学者・歌人の折口信夫(釈迢空)の直弟子として仕えた。そうした体験をもと
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死生観の追求目立った1年=酒井佐忠
2021/12/9 12:59 1271文字地球規模の疫病禍に見舞われる2021年。大きな災禍の中でも、「ポスト・コロナ」や「新しい日常」などの言葉が目立ち、社会が転換期を迎えているようにも思われる。その中で、詩歌の言葉はどうあるべきか問われた1年。災禍の時代だからこそ、それぞれの作者がそれぞれの立場で、多角的な方法で新しい表現や死生観を追
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黒潮のうねり 舞う風花=酒井佐忠
2021/11/11 12:31 1204文字望郷と漂泊の歌人、若山牧水研究で知られ、毎日歌壇選者としても活躍する伊藤一彦の『伊藤一彦自選歌集 宮崎に生きる』(黒潮文庫)が刊行された。早大文学部で福島泰樹らと出会い、短歌創作を始めた歌人だが、大学卒業後は故郷の宮崎に帰り、教職につきながら歌の道を深めた。これまで15冊の歌集を出し、2016年に
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古典と現在 自在に往還=酒井佐忠
2021/10/14 12:45 1211文字古典和歌評論から現代短歌まで第一人者として活躍する歌人、馬場あき子の75年にわたる歌業をまとめた画期的な『馬場あき子全歌集』(角川書店)が刊行された。 戦後まもなく創刊された歌誌「まひる野」に入会、のちに創刊した「かりん」を長くけん引し、古典と現在を自在に往還しつつ、現代短歌に新たな地平を開く歌人
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過ぎゆく言語を記憶する=酒井佐忠
2021/9/9 12:53 1243文字東京・吉祥寺で短歌絶叫コンサートをつづける歌人、福島泰樹の歌集『天河(あまのがわ)庭園の夜』(皓星社)が出た。福島は1943年3月、東京は下谷の生まれ。早大文学部で西洋哲学を学び、早稲田短歌会に入会。文字通り戦後を同時代的に体験しつつ現代短歌の最前線で活躍している。 ■ ■ 実に33冊目と
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いま充実の歌集を読む=酒井佐忠
2021/8/12 12:47 1224文字「現代は死を忘れた時代」との言葉を残した俳人・哲学者で毎日俳壇選者を務めた大峯あきらに、<降る雪に池田晶子を読み始む>の句がある。二人は何回か対談し、池田が亡くなってまもなく詠んだ俳句だ。「清冽(せいれつ)で透明な池田晶子の言葉が、雪片のように飛び交っている」と自解している。死についての思索や言葉
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俳句を未来につなぐ決意=酒井佐忠
2021/7/8 12:46 1258文字旺盛な文芸活動をつづける能村研三の新句集『神鵜(かみう)』(東京四季出版)が刊行された。能村の父は、戦後の代表的俳人で、俳誌「沖」を創刊した能村登四郎。今年は登四郎の生誕110年、没後20年、さらに昨年は「沖」創刊50周年となり、俳人として大きな節目を迎えての刊行だ。・暁闇(ぎょうあん)の冷えを纏
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詩を問う硬質で熱い文体=酒井佐忠
2021/6/10 12:44 1249文字戦後現代詩の代表的詩人、田村隆一の名詩集『言葉のない世界』が、詩人にゆかりの神奈川県鎌倉市の出版社「港の人」から新装復刻版として刊行された。詩人の没後23年の現在、言葉とは、詩とは何かと、硬質で熱い文体で問うた名詩に触れることができるのは貴重なことだ。 <言葉なんかおぼえるんじやなかつた/言葉のな
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長い時間が培った言葉の力=酒井佐忠
2021/5/13 12:13 1227文字このところ詩歌の充実した作品集が目立っている。現在の日常だけを表現したものではない。一冊から長い時間が培った言葉の力が見えてくる。まず、井上弘美の新句集『夜須礼(やすらい)』(角川書店)。「夜須礼」は京都・今宮神社の祭礼の「安良居(やすらい)祭」の傍題として歳時記に載っている。平安時代から続く疫病
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地方の生活に目を向け=酒井佐忠
2021/4/8 12:42 1215文字今年の詩歌文学館賞の俳句部門は宮坂静生の句集『草魂(くさだま)』(角川書店)だった。この賞は日本現代詩歌文学館の創設を記念し、初代の名誉館長、井上靖の創意で生まれた。詩・短歌・俳句の3部門の優秀作品を選定し、現代詩歌文学の振興を目指したもの。第1回の清水哲男、近藤芳美、平畑静塔ら受賞者はそうそうた
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大震災を見つめ続け=酒井佐忠
2021/3/11 11:41 1201文字東日本大震災から10年。現代詩歌の言葉は稀有(けう)なカタストロフィー(大災害)に真摯(しんし)に向かい合い、言葉の力を発揮しようと努めてきた。哲学者アドルノの「アウシュビッツ以後に詩を書くことは可能か」という意味の言葉も浮かぶが、それぞれの立場で悲嘆の共有を目指す作品が目立った。多くの詩歌雑誌3
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新たな河野裕子像探る=酒井佐忠
2021/1/14 12:10 1178文字天性の歌人といわれた河野裕子の短歌の魅力を丹念に読み解いた大森静佳の『この世の息 歌人・河野裕子論』(角川書店)が刊行された。昨年の河野の没後10年を記念する出版である。著者の大森は31歳の精鋭歌人。河野のもとで歌を学んだ最後の歌人で、2010年には角川短歌賞を受賞している。・たとへば君 ガサッと
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