
法政大名誉教授・田中優子さんのコラム。江戸から見る「東京」を、ものや人、風景から語ります。
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渡辺京二さんをしのぶ
2023/1/18 13:17 756文字昨年の暮れ、渡辺京二さんが亡くなった。在野の日本近代思想史研究者だ。「逝きし世の面影」では和辻哲郎文化賞を、「黒船前夜」では大佛次郎賞を、「バテレンの世紀」では読売文学賞を受賞なさった。これら江戸時代の初期から最後までを書いた著書で、私は目を開かされ、深い敬意を払ってきた。 「逝きし世の面影」に描
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共同体の中の宗教
2023/1/11 13:15 759文字江戸時代の方がはるかに、宗教は人の身近にあった。しかし宗教団体に寄進して生活が立ち行かなくなるような事件が次々と起こる、などということはなかった。なぜ現代社会では、信仰がまるでギャンブル依存症のような症状を来すのか? 一つ思い当たることがある。それは近代における共同体の崩壊である。中世の仏教はその
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外は、良寛。
2023/1/4 13:08 774文字昨年12月に田中泯さんの舞踏「外は、良寛。」を見た。改めて、宗教に身を置くとはどういうことなのか、考えさせられた。 安倍晋三元首相の銃撃事件以来、宗教に疑いの目を向けるようになった人は多いと思う。私もうんざりした。しかし古代から江戸時代までの日本人は、信仰心がない人や批判する人はいたが、仏教と縁が
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パンとサーカスの1年
2022/12/28 12:57 767文字「パンとサーカス」とは、古代ローマの権力者が穀物を無償配布しスポーツ観戦に熱狂させることで、人々を政治への無関心に誘導したことを指している。無関心は有効な統治方法なのである。 一方、江戸幕府は米の無償配布などしなかったし、芝居は庶民自らが制作して演じるものだった。結果的に人口の8割を占める農民の一
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再利用でいいの?
2022/12/21 13:04 758文字江戸時代は盛んに資源の再利用をおこなった。目的は「困りごとを解決するため」である。例えば参勤交代が始まって人口が増えると、人間や馬の排せつ物とゴミが増えた。それまで排せつ物や不要物を川に捨てていたのだが、さすがに川は汚れるし、川底は上がってきて舟の航行に支障をきたす。そこで川への投棄を禁じた。 す
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三味線の居場所・その2
2022/12/14 13:35 794文字前回、「今、三味線の居場所は一体どこにあるのだろう?」という問いで終わった。三味線はさまざまな場所を経巡りながら、どうやら現代音楽にも、その居場所を見つけた気配である。 三味線の演奏家でもある野澤徹也氏は、三味線など邦楽器の現代作品が定着したのは1965年から75年ごろだと書いている。私がよく聴く
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三味線の居場所・その1
2022/12/7 13:14 770文字1988年に「江戸の音」(河出書房新社)という本を出した。34年も前のことだ。総合誌に「淫のはたらき」という三味線論を書いたところ、編集者の目にとまって「語りおろしで本に」ということになったのだ。聞き役の一人は詩人の平出隆さん、対談は故・武満徹さんが相手をしてくださった。とてもぜいたくな体験だった
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をちこち・その2
2022/11/30 13:18 774文字前回、大津の寿長生(すない)の郷(さと)で行われた「龍門節会(せちえ)」について書いた。その続きである。この催し物は「をちこち(遠近)」「虚実」という見立ての言葉で表現され、それは「本」というものについて考える場でもあった。 参加者は会場に入ると、「あなたにとっての一冊を教えてください」と言われる
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をちこち・その1
2022/11/16 13:01 782文字和菓子の叶匠壽庵(かのうしょうじゅあん)本社のある大津の寿長生(すない)の郷(さと)で、先月催し物が行われた。近江ARS主催の「龍門節会(せちえ)」である。 「節会」とは王朝時代、季節の変わり目におこなった催し物だ。この日は二十四節気の「霜降」。歳時記では「晩秋」である。6万3000坪ある寿長生の
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宗教政策が必要
2022/11/9 13:07 767文字先月、宗教法人の解散命令を請求できる要件に、民法の不法行為は「入らない」と言っていた首相答弁が、翌日には「入りうる」と変わった。また、旧統一教会関連団体が、自民党の国会議員に教団が掲げる政策への賛同を求め、それと引き換えに選挙で推薦する、という確認書を示していたという事実も明らかになった。 今の政
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目黒のさんま方式
2022/11/2 12:58 758文字前回「家業としての政治」を書いた後、雑誌で佐高信さんと対談をした。その時、思ってもみなかったことを教えていただいた。 私は世襲政治家たちの、自分自身の思想を持っていない、本を読まない、世の中の変化を知らない、スピードに追いついていない、ものを考えない、結果的に「運命」に身を委ねていて宗教じみている
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家業としての政治
2022/10/26 13:10 781文字安倍晋三元首相の母、洋子さんが出版した本の題名が「宿命」であると知って、青木理氏の「安倍三代」に書かれていた妻昭恵さんの言葉を思い出した。「天命だということは、本人も自覚していると思います」。平安時代の歴史を見ているような気分だ。戦後の民主主義国家において、人が自らの意思と知性と努力で彫琢(ちょう
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大江戸視覚革命
2022/10/19 13:04 808文字福岡でタイモン・スクリーチ氏と対談した。彼の書いた「大江戸視覚革命」という本を1998年に高山宏氏と共訳したからである。スクリーチ氏は日本美術を専門とする英国人だ。今年、山片(やまがた)蟠桃(ばんとう)賞と福岡アジア文化賞を立て続けに受賞したのだ。 江戸文化や歴史を研究する外国人が増えている。欧米
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高知の豊かさ
2022/10/12 13:06 760文字多様な地域で展開されている「熱中塾」の講演があって、高知県に出かけた。演題は「江戸文明のしくみ」だ。私は渡辺京二氏の考えと同じで、江戸時代をひとつの「文明」と考えている。文明は生活や価値観全体を通しての、「まとまり」である。 地方に出かけるたびに感じるのは、各地に江戸文明の面影が残っていることだ。
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歩く文学・聞く文学
2022/10/5 13:15 762文字前田愛の「都市空間のなかの文学」について他紙でインタビューを受けた。1982年刊行の本で著者は87年に亡くなっている。「少しも古くないですよね」という企画意図に納得した。 学生時代、近代文学は「近代的自我」をどう表現しているか、社会をどう批判しているかなどが主なテーマだった。私はそれよりはるかに面
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空から
2022/9/28 13:05 782文字江戸時代の絵画や浮世絵には鳥瞰図(ちょうかんず)というものがある。代表的なのは広重「名所江戸百景」のなかの「深川洲崎十万坪」だ。空を飛びながら湿地帯の獲物を探すワシの目の高さに視点を据え、鳥が俯瞰(ふかん)する目で十万坪を視野に収めている。当時人間がこの高さから地上を見ることはない。想像力によって
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大人たちの無知
2022/9/21 12:59 772文字「東京新聞」の「本音のコラム」が面白い。著者それぞれの個性が存分に発揮されている。そのなかで最近、心に響いて忘れられない文章がある。8月19日掲載の北丸雄二氏の文章だ。 ご自身の17歳の時の自殺未遂から始まっている。当時は同性愛が精神障害、変態性欲と事典にも書かれていたという。それは17歳にとって
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先祖のたたり駆除
2022/9/14 13:11 761文字霊感商法や開運商法などの対策を話し合う消費者庁の有識者検討会が8月29日に始まった。救済にかかわる厚生労働省や解散命令を出すことのできる文化庁が入っていないことが気になるが、まずは消費者契約法でどこまで対応できるか。そこから始めるしかないのであろう。献金や寄付まで「消費者契約」として扱えるかどうか
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台湾
2022/9/7 13:11 775文字江戸時代の人々にとって台湾は、足掛け3年にわたるロングランとなった近松門左衛門「国性爺合戦」を通しておなじみの場所であった。といってもこの浄瑠璃の舞台は台湾ではなく、主人公の鄭(てい)成功が大陸に渡って明朝の復興をはかるという話になっているので、むしろ鄭成功という名前がおなじみだった、ということだ
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国葬
2022/8/31 13:07 746文字江戸時代でも権力者の死を権力の安定に利用したが、国葬というものはなかった。国葬は近代の産物である。 国葬の数少ない研究者である宮間純一氏の著書「国葬の成立―明治国家と『功臣』の死」によると、国葬は天皇の特旨(特別なおぼしめし)によって行われた、大日本帝国の遺物である。政治家は天皇の臣つまり家来であ
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