
視覚に障害がある佐木理人記者が、誰もが不安を和らげ希望につながるような報道とは何かを考えます。
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たまには目をつぶって=点字毎日記者・佐木理人
2022/8/5 02:01 803文字イヤホンから流れてくる物語の朗読と音楽を眼科の病室で何度も聴いた。NHKラジオで1954年から続く「お話でてこい」のカセットテープだ。 40年余り前、幼稚園児だった私が目の手術で入院した時に父親が買ってくれた。「ねずみのよめいり」や「ヘンゼルとグレーテル」など。絵本が見えなくても、物語の世界が満喫
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使える自販機=点字毎日記者・佐木理人
2022/7/1 02:06 802文字手に持ったスマホを自販機に近づける。「ピ」。自販機から冷たい飲み物が出てきた。思わず口元が緩む。 最近、自販機で飲み物を買うことが増えた。コカ・コーラの自販機なら、スマホの音声読み上げ機能対応のアプリで何が売られているかが分かる。 大阪に住む弱視の竹田幸代さん(59)は、このアプリを動画投稿サイト
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声のバトン、どこまでも=点字毎日記者・佐木理人
2022/6/3 02:00 849文字「青ですよ!」。朝、白杖(はくじょう)を手に横断歩道で青信号を待つ私の耳に初老の男性の声が聞こえた。横断歩道の向かいで病院が開くのを待つ列からのようだ。「ありがとうございます!」。私は、安堵(あんど)して渡り始める。 後日、同じ列から女性の声が「青に変わりましたよ」と教えてくれた。私への声かけが、
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大阪から100年、二つの灯=点字毎日記者・佐木理人
2022/5/7 02:01 807文字左手の人さし指で小さな点が出た紙に触れる。指を左から右にゆっくり動かす。中学生の頃、目がほとんど見えなくなった私は、大阪にある「日本ライトハウス」で点字を習い始めた。視覚障害者のために日常生活動作の訓練や就労支援、点字図書の出版などに取り組む施設だ。 今年1月に亡くなった母に連れられ、週に1度通っ
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共に生きる教室、広がれ=点字毎日記者・佐木理人
2022/4/1 02:01 808文字「おはようございます!」。30人余りの中学生たちの熱気あふれる声が教室に響く。いよいよ授業開始。こちらの身も心も引き締まる。 私は大学4年生の夏、盲導犬を同伴し母校の中学校で英語の教育実習を受けた。指導役の先生が紙に書いてくれた英文を板書の代わりにマグネットで黒板に留めていく。教卓に置いた点字の名
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進化する道しるべ=点字毎日記者・佐木理人
2022/3/4 02:00 829文字「あれ? こんな所に壁ができている」。白杖(はくじょう)を使って通勤する私の足が止まる。大改修している大阪のオフィス街・梅田の地下街でのことだ。落ち着こうと、大きく深呼吸する。つえ先を慎重に右左に動かし、工事で張り替えられた点字ブロックを見つけ、会社にたどり着く。 一人で初めて訪れる取材先への道で
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そこに障害者はいるのか=点字毎日記者・佐木理人
2022/2/4 02:04 819文字大学入試シーズンになると、東京の盲学校高等部に通っていた頃のことを思い出す。点字の習得に必死だった。大学への進学を希望したため、読み書きの力の向上が欠かせなかったからだ。合格通知は、同世代に太刀打ちできたという手応えをもたらしてくれた。 私が高校生だった30年ほど前は、視覚障害者に対する大学の受験
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「いろは」で広がる世界=点字毎日記者・佐木理人
2022/1/7 02:01 807文字目がほとんど見えなくなった中学生の頃、苦痛に感じた学校行事がある。かるた大会だ。体育館で班ごとに車座になった生徒が札を奪い合う。 目の前の札の種類や位置を教えてもらい参加した。ただ、札が偶然取れてもうれしくなかった。一喜一憂する同級生らの声に札が見えない悔しさが募った。 視覚障害者の間で話題のかる
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帰ってきた酔っ払い=点字毎日記者・佐木理人
2021/12/3 02:00 812文字大阪府の緊急事態宣言が解除されて1カ月余りが過ぎた11月中旬、久しぶりにほっこりする体験をした。帰宅途中、地下鉄に乗り込むと、初老の男性が空いている席に案内してくれた。横に座った男性はほろ酔いで「立ち飲み屋で一杯ひっかけてきた」と上機嫌だ。ひいきにしているというその店のおすすめ料理を熱っぽく語った
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声の違和感=点字毎日記者・佐木理人
2021/11/5 02:01 813文字2005年から「点字毎日」で働き始めて、ずっと関わっている仕事がある。MBSラジオの番組表の点字版作製だ。B5サイズで40ページほどの冊子には、放送時刻に沿って番組タイトルや出演者名、内容が書かれている。 先日、今年度の後半分を掲載したものができあがった。近畿を中心にした盲学校や点字図書館を通して
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ひとごとじゃない=点字毎日記者・佐木理人
2021/10/1 02:04 825文字楽しみにしているテレビドラマがある。10月から放送が始まる「恋です! ~ヤンキー君と白杖(はくじょう)ガール~」(日本テレビ系)だ。 原作は、不良の少年と盲学校高等部に通う弱視の女子学生との恋愛を描いた漫画だ。これまでに6巻まで発行され、盲学校の生徒たちにも話題になっている。 著者の「うおやま」さ
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シャッターチャンスを狙う=点字毎日記者・佐木理人
2021/9/3 02:08 817文字目の前の長机に置かれた模型のバナナにスマートフォンのレンズを向ける。「右、右」「左、左」「近すぎます」。全盲の人による写真撮影をサポートするスマホアプリの音声だ。被写体の位置を教えてくれる。 スマホを慎重に動かし、「えい!」とシャッターを切る。大阪府立大(堺市)であったアプリ開発に向けた実験での私
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星空にふれる=点字毎日記者・佐木理人
2021/8/6 02:00 816文字幼い頃、視力がまだわずかにあった私は、夜空に浮かぶ月を見た記憶がある。光る小さな円のようだった。だが、星は見た覚えがない。小学校の社会見学で訪れたプラネタリウムでも、友人の家でのぞかせてもらった天体望遠鏡でも目の前は真っ暗。もどかしかった。「いつか瞬く星を見てみたい」と願っていた。 そんな私が、星
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耳を澄ませて=点字毎日記者・佐木理人
2021/7/2 02:04 797文字数年前まで毎年夏になると、全盲の私は自宅から最寄り駅まで歩いて15分ほどの道のりが悩ましかった。小学校の横を通る時に襲われるセミの大合唱だ。 周囲の音が全く聞こえない。方向感覚を失ってしまう。セミに罪はないと頭でわかっていても、足が前に出ずいらだってしまう。 セミがすみかにしていた校舎裏庭の木の多
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料理に再挑戦=点字毎日記者・佐木理人
2021/6/4 02:06 789文字食卓の皿から漂うミートスパゲティの甘く濃厚なかおりが鼻孔を刺激する。もちもちした食感に頰が緩む。コロナ下で在宅勤務が増えた私のある日の昼食だ。 妻の提案で、自宅での昼食は自分で作ることにした。全盲で不器用でもある私が気に入っているのが、300円均一ショップで買ったパスタメーカーだ。合成樹脂製の四角
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発刊の思い、今も=点字毎日記者・佐木理人
2021/5/7 02:01 828文字99年前の1922(大正11)年5月11日、日本でただ一つの週刊点字新聞「点字毎日」は大阪で産声をあげた。点字毎日とゆかりが深く、同じ視覚障害のある当事者として私が敬愛してやまない人物がいる。明治から大正にかけてイギリスで貿易会社を営んでいた弱視の好本督(よしもとただす)だ。 全盲の人を「わが隣人
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社会を動かす一手に=点字毎日記者・佐木理人
2021/4/2 02:01 810文字中型テレビほどの大きさの画面に、拡大された教科書が映る。中学生だった私は目を近づけて文字を追った。横で板書を読み上げ、ノートを取るのは数学の先生だ。 私は中学入学直前にほとんど見えなくなった。だが、盲学校ではなく、小学校からの友人たちと同じ中学校を選んだ。 先生は本来受け持つ数学の授業から離れ、私
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復興、でも戻らぬ「におい」=点字毎日記者・佐木理人
2021/3/5 02:01 813文字一帯にはガソリンが混じったような土ぼこりの臭いが立ちこめ、むせかえった。ひっくり返った自動車、折れて中の線がむき出しになった電柱。触れるとざらざらした感覚が指先に残る。これが津波の破壊力か。見えない人はさぞ不安の中にいるだろうと感じた。 東日本大震災から1カ月後の2011年4月、全盲の私は目の見え
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オンラインの可能性=点字毎日記者・佐木理人
2021/2/5 02:04 792文字コロナ下でオンラインのイベントが盛んだ。先月、小中学生対象のオンライン企画で話をする機会があった。 普段の1人での取材では、駅の改札で職員に誘導を依頼したり、街行く人に道を尋ねたりして目的地にたどり着くと説明した。取材の「七つ道具」として、折りたためる白杖(はくじょう)や点字のメモが読み書きできる
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行動も生むメディア=点字毎日記者・佐木理人
2021/1/8 02:00 799文字昨年末、うれしい知らせが届いた。内閣府などが障害者週間にあわせて募集した「心の輪を広げる体験作文」コンクールで当コラムを題材にした作文が優秀賞に選ばれたのだ。 受賞したのは、東京に住む高校2年生、石川李津さん(17)の「社会の良心を信じて」だ。私が5月のコラムで書いた自身の駅ホーム転落事故に衝撃を
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