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劇的にしなやかに大器の片りん 中村恵理ソプラノリサイタル

所沢市文化振興事業団提供

 ヨーロッパの歌劇場を中心に活躍するソプラノの中村恵理のリサイタルを聴いた。ドイツ・リート、日本歌曲、オペラ・アリアと盛りだくさんなプログラムで、中村の幅広い歌唱力を改めて実感した演奏会だった。

     中村は兵庫県川西市出身。大阪音大大学院、新国立劇場オペラ研修所第5期生を経て、渡欧。英国ロイヤル・オペラハウスの若手アーティストプログラムで頭角を表し、2009年には同劇場でアンナ・ネトレプコの代役として歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家」のジュリエッタ役を歌い注目を集めた。10年からドイツのバイエルン州立歌劇場の専属ソリストとして活動する一方、各地の歌劇場に出演。14年には英国ロイヤル・オペラで歌劇「リゴレット」のジルダ役を務め好評を博した。この時の演出はデイヴィッド・マクヴィカー。今シーズン米国メトロポリタン・オペラで「イル・トロヴァトーレ」「ロベルト・デヴェリュー」を演出するなど、現代を代表する演出家の一人だ。筆者はロンドンで「リゴレット」の公演を見たが、演劇的要素が強く、やや過激な面もある演出で、中村は歌唱だけでなく演技者としても優れた能力を発揮した。

     さて、今回、埼玉県の所沢ミューズで5月29日に聴いたのは、5月28日から6月4日までの日本ツアーの一環だ。

     最初に歌われたのはシューベルトの歌曲「ガニュメート」。全能の神ゼウスや天上へのあこがれをのびやかに、はつらつと歌い、一気に聴衆の心をつかんだ。続く「ます」「糸を紡ぐグレートヒェン」にも共通することだが、中村の表現はリートであってもオペラ的だ。曲の歌詞を読み込み、内包するドラマを明快に引き出してみせる。ちょっとした手の動きや顔の表情、息づかいまで駆使した積極的な表現だ。「攻めの表現」と言ってもよい。特に、ゲーテの「ファウスト」に基づく「糸を紡ぐグレートヒェン」は、糸車のまわる音を表したピアノの響きに乗って、グレートヒェンの切ない恋心が劇的に歌い上げられ、それはまさにオペラの悲劇のヒロインが歌うアリアのようだった。

     その後、作曲家ロベルト・シューマンの妻で、ピアニストとしても活躍していたクララ・シューマンの作曲した歌曲3曲を披露。彼女の作品は初めて聴いたが、どことなく夫の歌曲に似た、ロマンチックな響きがした。

     この日伴奏を務めた木下志寿子がシューマンの「トロイメライ」を演奏後、プログラム前半の最後はリヒャルト・シュトラウスの歌曲3曲で締めくくられた。シュトラウスの歌曲はソプラノの高音が生かせる劇的な盛り上がりをもった曲が少なくない。中村が歌った「献呈」「ツェツィーリエ」はまさにそうした作品で、中村のよく通る、しなやかな声の魅力が存分に発揮された。

     休憩をはさんで、後半は日本歌曲とイタリア・フランスのオペラ・アリアのプログラム。当然のことだが、ドイツ語、イタリア語、フランス語、日本語それぞれに異なる特徴があり、歌手にはそれぞれの言語特有の響き、リズムを生かしつつ意味を明確に伝える技術が求められる。欧州での経験豊富な中村は、そうした技術が身についており、巧みに歌い分けて聴かせた。

     まずは「夏は来ぬ」ではじめられた日本の歌曲4曲。中村はここでも、明瞭な日本語で、中田喜直「霧と話した」、大中恩「かなしくなったときは」といった曲の叙情を、しっとりと細やかに表現した。

     そして、オペラ・アリアはプッチーニ「ジャンニ・スキッキ」から「私の大好きなお父さん」、マスネの「マノン」から「さようなら、私たちの小さなテーブルよ」、同「エロディアード」から「彼は優しい人」、最後はヴェルディ「椿姫」から「ああ、そはかの人か~花から花へ」。父親に結婚の許しを懇願するラウレッタの愛らしさ、恋人とのつましい暮らしに思いをはせる魔性の女マノンの純情、預言者ジャン(ヨハネ)への思いをまっすぐに表現する少女サロメの熱い思い、そしてパリ社交界の花、ヴィオレッタの享楽的な華やかさ。それぞれに個性的な人物が歌うドラマティックなアリアで、魅力的な美しい旋律を備えた曲ばかりだ。中村はしなやかな声を駆使し、オペラのヒロインたちの心情をよく伝えた。

     高音の声がうまくまとまらず、響きが濁る箇所があったことが惜しまれるが、少し力みがちだった発声の原因は、後半に起きた、のどのトラブルだったようだ。高音がつぼにはまれば、文句なしのリリック・ソプラノ。のびのある声がよく通り、表現力は十分、演技者としても魅力ある中村のさらなる飛躍の可能性を感じさせた演奏会であった。

     来年は新国立劇場でモーツァルトの「フィガロの結婚」のスザンナ役を務める。今後のますますの躍進に注目したい。【野宮珠里】

    所沢市文化振興事業団提供

    公演日程とプログラム

    2016年5月29日(日) 15:00 所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール

    ソプラノ:中村恵理

    ピアノ:木下志寿子

     

    シューベルト:「ガニュメート」D544、「ます」D550、「糸を紡ぐグレートヒェン」D118

    クララ・シューマン:「私はあなたの眼の中に」op.13-5、「彼は雨と嵐の中をやってきた」op12-1、

     「美しさゆえに愛するのなら」op12-2

    ロベルト・シューマン:「子どもの情景」op15より「トロイメライ」(ピアノ・ソロ)

    リヒャルト・シュトラウス:「献呈」op10-1、「薔薇のリボン」op36-1、「ツェツィーリエ」op27-2

    小山作之助:「夏は来ぬ」

    中田喜直:「すずしきうなじ」「霧とはなした」

    大中 恩:「かなしくなったときは」

    プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私の大好きなお父さん」

    マスネ:歌劇「マノン」より「さようなら、私たちの小さなテーブルよ」、歌劇「エロディアード」より「彼は優しい人」

    ヴェルディ:歌劇「椿姫」より「ああ、そはかの人か~花から花へ」

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