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アイデアをそぎ落として得られた《ワーグナーの神髄》 新国立劇場「ワルキューレ」

写真提供:新国立劇場

【新国立劇場 ワーグナー:「ワルキューレ」、世界のワーグナー歌手による響宴】

 新国立劇場オペラ芸術監督、飯守泰次郎渾身(こんしん)の企画、ワーグナーの「ニーベルングの指環」も今年は2年目を迎え「ワルキューレ」でシーズンの幕を開けた。新国立劇場、飯守リングの最大の魅力は世界レベルのワーグナー歌手が集結している点だ。

 昨年「ラインの黄金」でローゲを歌い、今回はジークムント、来年はジークフリート役を歌うことが決まっているステファン・グールドを筆頭に、ブリュンヒルデ役のイレーネ・テオリン、ヴォータン役のグリア・グリムスレイ、フリッカ役のエレナ・ツィトコーワら、きら星のごとき顔ぶれは期待どおりのワーグナーを創り上げていた。

 飯守の指揮はそれぞれのフレーズの意味を尊重しながら互いに絡ませていく、マエストロらしいスタイルを透徹したもの。東京フィルハーモニー交響楽団からワーグナーの重厚な響きを導き出していたが、ステージ上の歌い手の迫力にもっと拮抗(きっこう)する場面があっても良かった。

 このシリーズの演出は、ドイツの大家ゲッツ・フリードリヒが1990年代末にフィンランド国立歌劇場(ヘルシンキ)で手がけたもの。新国立劇場がかつて手がけたキース・ウォーナーのポップで仕掛けに満ちた「トーキョー・リング」を見てきたオペラ・ファンにとっては、それ以前の演出を今の日本で見ることへの抵抗もあるかもしれない。

 筆者はヘルシンキの演出を昨年の新国立劇場までは見る機会がなかったため、そういう意味では先入観をもたずに劇場に足を運んだ。近年ドイツ・バイロイトで見てきた、音楽を忘れるほどの視覚へ訴える情報が洪水のごとく押し寄せるワーグナー演出との差異が、時代によるものなのか、演出家の意図によるものなのか、大いに興味深いところだった。

写真提供:新国立劇場

【第1幕】

 ななめに傾いた部屋がフンディングの館、暗く冷たい空間でジークリンデとジークムントの兄妹の出会い、フンディングとの心理劇が進む。閉塞(へいそく)感と不安に満ちた世界にあって、物語は淡々と描かれるが、抑制された登場人物たちの気持ちが乗り移ったかのように見るものにまでフラストレーションが湧き起こる。

 ジークリンデ役のジョゼフィーネ・ウェーバーは大柄な見た目とは異なる愛らしいソプラノ、フンディング役のアルベルト・ペーゼンドルファーが重量感あふれるバスで威圧感を出していた。グールドはヘルデンテノールの名にふさわしい声で初めてのジークムントを手中に収めた。

写真提供:新国立劇場

【第2幕】

 ステージ上にななめに組まれた矛先のような段違いの舞台上で神ヴォータンと妻フリッカの緊迫した夫婦のいさかい、父ヴォータンから娘ブリュンヒルデへの絶対的なミッションの通告などが行われる。いずれも神としての有るべき論理が力関係に従って執り行われるものだが、それとて矛先のバランスを何とか保った上に成り立っているようだ。ツィトコーワ(フリッカ)は美しさと強さを兼ね備えた妻として有無を言わさぬ存在感のある歌を聴かせた。

 ジークムントとフンディングの決闘シーンでセットが回転し、音楽の盛り上がりと視覚の効果がようやく生まれる。

写真提供:新国立劇場

【第3幕】

 それまでの二つの幕から一転、赤い照明にあおられた床に水泳のコースロープのような電飾が異彩を放っている。そこは、飛び回る(走り回る)ワルキューレたちの高揚感そのものであり、それまで不安に満ちて抑圧されていた世界と異なり、ヴォータンの野望、欲望が渦巻く場所にほかならない。不安に押しつぶされるより戦いへ挑むことの心の解放がワーグナーのスコアを読み込んだ演出として表現されていた。日本人歌手8人によるワルキューレたちも激しさと父神への恐れを声と動きで好演。

 3幕の特筆すべき点は、ヴォータンとブリュンヒルデの父から娘への厳しい宣告と父娘の愛をこの上なく美しく描いたことだろう。

 眠りに落ちたブリュンヒルデを取り巻く火は美しい台形を形作り、その中央に天からそそぐレーザー光線はヴォータンのやりの先端の形となって炎の中に鎮座する。

 グリムスレイ(ヴォータン)の厳格さと苦悩のはざまにある深い声と、テオリン(ブリュンヒルデ)の力に頼らず、心情を細やかに表現する歌唱が素晴らしかっただけに、涙を誘う名シーンとなった。

写真提供:新国立劇場

 新国立劇場の舞台機構は他を圧倒する機能を備えているが、そういった面を十分に生かした演出が毎回あるわけではない。今回のワーグナーシリーズは制作から時間もたっており、最新テクノロジーをふんだんに使ったオペラ演出に慣れてきた聴衆にとっては、物足りないと思う方もいるだろう。しかし、ゲッツ・フリードリヒにとって生涯3本目の演出となる「リング」には、プロフェッショナルらしくアイデアをそぎ落としていくことで得られた《ワーグナーの神髄》が感じられた。

 筆者にとって最も心に残っている2014年秋の「パルジファル」(ハリー・クプファー演出)にあった「聖金曜日の奇跡」の一枚の絵と並ぶ、新国立劇場ワーグナーの大切な絵として記憶にとどめたい。

 来年6月にはジークムントからジークフリートへ役をつなぐグールドが活躍する「ジークフリート」、そして2017/2018シーズン開幕で「神々の黄昏」とこのツィクルスも全4部作の上演が完成となる。記憶に残る作品となることを楽しみに待ちたい。

(毬沙 琳=まるしゃ・りん)

写真提供:新国立劇場

公演データ

【新国立劇場2016/2017シーズン オープニング公演 ワーグナー:「ニーベルングの指環」第一夜 楽劇「ワルキューレ」】

10月2日(日)14:00 /5日(水)17:00/8日(土)14:00/12日(水)14:00/15日(土)14:00/18日(火)17:00

新国立劇場オペラパレス

指揮:飯守 泰次郎

演出:ゲッツ・フリードリヒ

美術・衣装:ゴットフリート・ピルツ

照明:キンモ・ルスケラ

演出監修:アンナ・ケロ

演出補:リーッカ・ラサネン

舞台監督:村田 健輔

写真提供:新国立劇場

ジークムント:ステファン・グールド

フンディング:アルベルト・ペーゼンドルファー

ヴォータン:グリア・グリムスレイ

ジークリンデ: ジョゼフィーネ・ウェーバー

ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン

フリッカ:エレナ・ツィトコーワ

ゲルヒルデ:佐藤 路子

オルトリンデ:増田 のり子

ヴァルトラウテ:増田 弥生

シュヴェルトライテ:小野 美咲

ヘルムヴィーゲ:日比野 幸

ジークルーネ:松浦 麗

グリムゲルデ:金子 美香

ロスヴァイセ:田村 由貴絵

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 

筆者プロフィル

 毬沙琳(まるしゃ・りん) 大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

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