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時空を超える音楽絵巻 山田和樹が次代につなぐ~ゆく河の流れは絶えずして~

(C)山口敦

【柴田南雄生誕100年・没後20年記念演奏会】

 作曲家で音楽学や評論の分野でも大きな功績を残した柴田南雄(1916~96年)の代表作を紹介するコンサートが11月7日、山田和樹指揮の日本フィルハーモニー交響楽団、東京混声合唱団、武蔵野音楽大学合唱団の演奏で行われた。中でも交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」は全曲再演が実に27年ぶりのことで、時空を超えるようなスケールを持った柴田の音楽世界を体感することができた。

(C)山口敦

 79年に書かれたオーケストラ作品「ディアフォニア」に続き、柴田の合唱曲の代表作ともいえる「追分節考」(73年)が演奏された。柴田自身「作曲者が創造したいかなる旋律も和声も存在しない。(中略)つまり西洋中世以前、あるいは非西欧芸術のアノニマス性の実現を策した」と記しているように、柴田が採譜した民謡の旋律譜だけがあり、スコアは存在しない。民謡の旋律、民謡から拾い出された音による和声、朗読、尺八の音が素材としてあり、指揮者はその場の雰囲気を見ながら、民謡の種類などを記したうちわ状のものを示して指示を出す。会場内に散らばった合唱団らはその指示に従って演奏を進める。

 生で聴いたのは2回目だったが、不思議な曲である。冒頭、男声の歌う民謡の旋律を数小節聴いただけで、ふるさとの自然に触れるような、土の匂いや風のそよぎが感じられるのだ。幾重にも重なりあった声の層がホールに充満し、その中に身を置く体験は、「聴く」というより「体感」という言葉がふさわしい。それは自分という存在の「根っこ」をじかに揺さぶられるような体験である。演奏回数3000回超ともいわれる人気の秘密も、あるいはそのあたりにあるのかもしれない。今回の演奏についていえば、民謡の泥臭さ、素朴さはありながら、女声が受け持つ和声と民謡の旋律とのブレンドの妙で、透明感のある響きも随所にきかれた。洗練され、曲のエッセンスがより抽象化された印象を持った。

(C)山口敦

 中日新聞社から昭和50年の節目に「昭和」をテーマにした交響曲を、との委嘱を受けて書かれたのが当夜のメインプログラム、交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」。12世紀末ごろの天変地異や社会不安を描いた鴨長明の「方丈記」の世界が、激動の昭和に通じるものがあると考えた柴田は、方丈記から主要な部分を選んでテキストとした。さらには柴田自身の「音楽歴」、「音楽史」も合わせて表現しようと企図。古典派、ロマン派、12音技法などさまざまな様式が盛り込まれた、一大音楽絵巻に結実したのが本作だ。

 「方丈記」の世界が本格的に展開するのは曲の第2部(第6~8楽章)だが、第1楽章でフルートが演奏する「今様(いまよう)」のメロディーの変奏が、方丈記の世界を予告する。この後、第1部(第5楽章まで)は前古典派、1930年代ごろの映画音楽など流行音楽、後期ロマン派、といった多様な様式の西洋音楽が続くが、テキストの朗読が途中に織り込まれるなどし、常に方丈記の世界、無常感といったものが基層にあるように感じられた。後期ロマン派風の第4楽章と、12音技法や即興的な音楽の後に大音響で終わる第5楽章は、一つの時代のたそがれ--終幕、さらには空襲、原爆投下、大地震や津波などの破壊的な光景を想像させた。実は今回、4楽章の後に合唱が退場する際、女声合唱が何かの歌を口ずさんでいるのが気になった。山田によると、フルスコアにはないが合唱ヴォーカル譜には書かれている林光の合唱作品「水ヲ下サイ」(原民喜の詩に曲をつけた「原爆小景」の第1曲)の断片を歌っていたとのこと。「初演時や前回の再演時には演奏されなかったようだが、合唱の現代音楽の金字塔であるこの作品の断片をどこかで演奏できないかと思い、ちょうど時代背景的に現代音楽のターニングポイントになる4楽章後に挿入した」という。「『通常』の合唱位置で歌っていた合唱団が『水ヲ下サイ』で退場して(原爆のテーマを時代の点として)、『通常ではない』位置から『方丈記』(天地災害を時代を超えて歌う)で入ってくるコントラストが面白いのではないか」という山田の意図が効果を上げていたように感じた。

 方丈記を中心に据えた第2部は、客席に合唱団が散らばって歌う「シアターピース」方式で「追分節考」と同じだが、そこから引き起こされたものはかなり違っていた。聴き手は時空を超えて平安末期の京の町へ誘われ、方丈記の歌詞に、無常の思いを深くする。歌唱者たちが会場のあちこちで歌ったり語ったりして起こった騒々しさは、災害を前になすすべなく右往左往する都の人々の姿に重なった。終曲では再び方丈記の冒頭が静かに歌われ、鴨長明の晩年の心境をつづった部分も語られる。その後、第1楽章の最初の部分が再び現れ、文字通り、流れの中にうかぶうたかたのごとく、静かに消えていく。近年大災害が相次ぐ日本にあって、この作品の持つメッセージは重く切実だ。筆者には「ゆく河の流れは絶えずして」の旋律が、あたかもレクイエムのような、鎮魂の音楽に感じられた。山田率いる日フィル、東京混声合唱団、武蔵野音大合唱団らの演奏は、楽章ごとのスタイルを描き分けながらも曲全体の一貫性を保持。変わりゆくものとともに、800年以上の時を隔てて変わらぬものが、同時に、しかも非常にリアルに伝わってきた。演奏機会がもっとあってよい作品だ。【野宮珠里】

(C)山口敦

公演日程とプログラム

2016年11月7日(月)19時 サントリーホール

指揮:山田和樹

管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

合唱:東京混声合唱団/武蔵野音楽大学合唱団(合唱指揮:山田茂/栗山文昭/片山みゆき)

尺八:関一郎

舞台監督:深町達

 

柴田南雄:「ディアフォニア」

    :「追分節考」

    :交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」

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