メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

みなぎる躍動感、生命力 対旋律や内声部くっきり BCJ「ミサ・ソレムニス」

写真提供=東京オペラシティ文化財団 (C)大窪道治

【バッハ・コレギウム・ジャパン ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」】

 鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)がベートーヴェン晩年の大作「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ)」に初挑戦した演奏会(2月3日、東京オペラシティ コンサートホール)について報告する。

 鈴木雅明率いるBCJはバッハの作品を軸に世界的な活動を続けているピリオド(時代)・スタイルの管弦楽団&合唱団。ピリオド・スタイルとはさまざまな研究や考証をベースに作曲家在世当時の楽器や奏法を再現して演奏するもので、BCJは楽器、奏法ともに作曲家の在世時代の、いわゆるオリジナルをほぼ完全に再現し作品に新たな角度から光を当てることで世界的に高い評価を得ている。そんな鈴木とBCJが今回、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」に初めて取り組んだ。鈴木は東京オペラシティ文化財団の会員会報誌のインタビューの中で、「われわれが追い続けているミサ曲の中でも最も重要な作品のひとつ。(中略)ここ数年、バッハの〝ロ短調ミサ〟やモーツァルトの〝ハ短調ミサ〟の演奏を経て、ベートーヴェンに十分にアプローチできる感触を得たところで、われわれとしては非常に自然な流れで演奏できる……」などと語っている。まさに機が熟したところで、この大作に取り組んだのである。万全の態勢で臨んだ演奏だけに、その成果は目を見張るものがあった。

 鈴木指揮BCJは「ミサ・ソレムニス」という作品について、次のことを聴く者に示してくれた。それは――①ベートーヴェンは古典派からロマン派への扉を開く上で重要な役割を果たした作曲家ではあるが、あくまでバッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトに続く古典派の作曲家であってワーグナーやブルックナー、マーラーらロマン派の作曲家と同列に論じられる作風ではない②「ミサ・ソレムニス」は宗教音楽であり、同時期に作られた第9交響曲とは似て非なるものである――ということである。

 ①については、モダン楽器・奏法に比べて響きの減衰が速いピリオド楽器・奏法で演奏することで、厚いハーモニーを土台にその上に旋律が展開していくという20世紀以来のベートーヴェンの重厚な演奏スタイルではクリアに聴き取ることができなかった対旋律や内声部の動きが手に取るように分かったことが大きい。必要以上の響きの重なり合いが自然な形で除去されているため、ドイツ系古典派音楽の重要な要素のひとつである対位法(複数の旋律が同時進行すること)の妙が明瞭に伝わってきたからである。隅々まで練り込まれたBCJのアンサンブルは、この作品に本来備わっていた生き生きとした躍動感や生命力を引き出すことにつながり、聴衆をどんどんベートーヴェンの世界へと引き込んでいった。

 ②も20世紀以来のスタイルではつかみにくかったことであるが、ドリア・モードなどのいわゆる教会旋法が随所に採用され、グレゴリオ聖歌のような朗唱のスタイルも用いられていることが浮き彫りにされた結果である。それは「クレド」や「アグヌス・デイ」において顕著であり、ベートーヴェンはあくまで宗教音楽の範ちゅうの中で新たな試みを行ったということが、説得力をもって伝わってきた。

 なお、教会旋法について少しだけ補足しておこう。バッハ以降、長調と短調の2通りの音階・音律が西洋音楽の基本となる時代が19世紀終盤まで続くことになったのだが、それ以前はドリア・モードやフリギア・モードなどの別の音階・音律も盛んに使われていた。現代に伝わるその代表例のひとつが教会旋法で、グレゴリオ聖歌や東方教会の聖歌などの独特の響きを思い起こしていただけると分かりやすいだろう。ちなみにドリア・モードはピアノでレ(D)からレまでを白鍵のみで弾いた際の音階である。これらの旋法は現代ではクラシックのジャンルだけではなく、ザ・ビートルズを始めとするポップスの世界でも盛んに用いられている。

 ソリスト4人もベルカントを標榜(ひょうぼう)した歌唱ではなく、前述したような聖歌の朗唱を強く意識したアプローチで、鈴木の意図にピッタリと寄り添い、公演の成功に大きな力を発揮していた。

 鈴木がリードする緻密なアンサンブルによってこうしたことが前面に押し出されたことで、作品に内在していたエネルギーが余すところなく放射され、聴く者の心を動かす演奏に仕上がっていた。単にベートーヴェンの時代のサウンドを再現する〝博物館的演奏〟に終始することなく、21世紀の現代にみずみずしいまでの生命力をみなぎらせて「ミサ・ソレムニス」を聴かせてくれたことは称賛に値することといえよう。終演後、客席からは盛大な喝采が湧き起こっていた。

(宮嶋 極)

 

写真提供=東京オペラシティ文化財団 (C)大窪道治

公演データ

【バッハ・コレギウム・ジャパン ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」】

2月3日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮:鈴木 雅明

ソプラノ:アン・ヘレン・モーエン

アルト:ロクサーナ・コンスタンティネスク

テノール:ジェイムス・ギルクリスト

バス:ベンジャミン・ベヴァン

管弦楽&合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン

 

ベートーヴェン:荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)ニ長調Op.123

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

関連記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 欅坂46 握手会で刃物所持 男を逮捕 千葉・幕張メッセ
  2. 麻生財務相 離党届の豊田氏「あれ女性です」 派閥会合で
  3. 自民 「死ねば…」の暴言も 豊田真由子衆院議員が離党届
  4. 自民 豊田議員、園遊会でもトラブル 母親入場させようと
  5. 性暴力の現場で 兄から虐待 親の反対で被害訴えず 群馬

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

[PR]