メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アンコール

あるオーケストラの再出発〜ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、12年ぶりの来日で大成功

 3月13日、東京大空襲と東日本大震災をしのぶ「平和記念コンサート」の一環として、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(以下「コンツェルトハウス管」と表記)のコンサートが東京都墨田区のすみだトリフォニーホールで開かれた。指揮は今年81歳の大ベテラン、エリアフ・インバル。インバルは都響をはじめ日本のオーケストラにも数多く客演しており、日本でもおなじみだ。一方でコンツェルトハウス管との結びつきも強く、かつてこのオーケストラの首席指揮者(2001~06年)を務め、現在も名誉団員の地位にある。インバルが首席指揮者を務めていた01年と05年、コンツェルトハウス管弦楽団は日本ツアーを行い、成功を収めた。今回はそれ以来12年ぶりの日本ツアーで、ファンにとっては待ち望まれていた来日。「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲にマーラーの交響曲第5番という、これぞドイツのオーケストラ、というプログラムだったが、とりわけインバルの得意中の得意であるマーラーは、オーケストラの自発性が最大限に引き出された名演となった。各パートが、各人が積極的に、そして伸びやかに、それぞれの音楽を自信を持って演奏していて、それが巨大な統一体になるのを目撃する歓(よろこ)び。有名な第4楽章「アダージェット」の、幸福の彼方(かなた)に死がほの見えるような凄絶(せいぜつ)なまでの美しさと、続くフィナーレの第5楽章の圧倒的なクライマックスとのコントラスト。この世とあの世の境目を照らし出すような音楽を、コンツェルトハウス管は確信を持って演奏していた。

コンツェルトハウスの客席=2015年12月、加藤浩子撮影

 「インバルは僕らのオーケストラのメンバーのことを、『家族』だと言ってくれるんだ」

 20年来の友人であるコンツェルトハウス管の第1ヴァイオリン奏者は、うれしそうにそう胸を張った。彼らのインバルへの信頼は、絶対的といっていいようだ。音楽が自信に満ちていたのは、指揮者とオーケストラの関係性のよさによるところが大きいと思う。

 1952年に旧東ベルリンで創設されたコンツェルトハウス管弦楽団は、創設時は「ベルリン交響楽団(Berliner Sinfonieorchester、略称BSO)」という名前だった。「コンツェルトハウス管」に変わったのは2006年なので、前回の来日も「ベルリン交響楽団」の名前のもとである。「コンツェルトハウス管」は知らないが、「ベルリン交響楽団」ならきいたことがある、という方も少なくないのではないだろうか。東ドイツ時代、名指揮者クルト・ザンデルリンクが長く指揮したことを覚えているファンの方もあるだろう。「ベルリン交響楽団」は、旧東ベルリン側ではナンバーワンのオーケストラであり、「東ベルリンのベルリン・フィル」(友人)というべき存在だった。

 一流オーケストラとして認知されていた名前が変わってしまった背景には、ベルリンのクラシック音楽界の競争の厳しさがある。旧西ベルリンに存在するもうひとつの「ベルリン交響楽団(Berliner Symphoniker)」が、ドイツ統一後オーケストラ間の競争が激化するベルリンで、自分たちが生き残るために、東側のベルリン交響楽団に名前を変えてくれるよう要請してきたというのだ。旧西側の「ベルリン交響楽団」は、オペレッタやウィンナ・ワルツなど軽めのレパートリーを得意とするまったく毛色の異なるオーケストラで、コンツェルトハウス管が創設時から受けている公的なバックアップもない。ドイツ統一後、ベルリンのオーケストラのなかには経営が厳しくなったところが少なくなく、旧西側の「ベルリン交響楽団」もその例に漏れなかった。友人によれば当時の担当者が、オーケストラのメンバーにちゃんと諮ることなく、名前の変更を決めてしまったのだそうだ。東側の「ベルリン交響楽団」は生き残りを心配しなければならないようなオーケストラではまったくなかったが、定評のある名前を手放す必要もなかったように思える。

拍手に応えるコンツェルトハウス管弦楽団のメンバー=2015年12月、加藤浩子撮影

 「コンツェルトハウス管弦楽団」という名称は、オーケストラの本拠地であるコンサートホール「コンツェルトハウス」からとられている。だが「コンツェルトハウス」自体も、06年まで「シャウシュピールハウス」という名前だったので、これまたややこしい(ちなみにオーケストラの名称変更は、ホールの名称変更に伴うものだった)。

 ベルリンの心臓部にそびえる「コンツェルトハウス」は、有名な建築家カール・フリードリヒ・シンケルが設計した神殿風の壮麗な建築だ。1821年に「王立演劇劇場(=シャウシュピールハウス)」として開場。第二次大戦で損傷を受けたが、戦後に修復して再開。1984年にコンサートホールに改装され、今に至っている。

 「『ベルリン交響楽団』の名前は皆知っているけれど、『コンツェルトハウス管弦楽団』なんて名前は誰も知らない。ブランドが確立するまでには50年くらいかかる」。友人はそう言って悔しがる。が、今回の来日で見せつけた実力は、名前とともに音楽ファンの心に刻み込まれたのではないだろうか。「コンツェルトハウス管」としての名声が定まるのは時間の問題だろう。ちなみに現在の首席指揮者はハンガリー生まれの名指揮者イヴァン・フィッシャーで、こちらとの関係も良好らしい。フィッシャーとの来日も待たれるところだ。

 とはいえ、コンツェルトハウス管の来日がしばらくなかった理由は、名前を変えたからではない。大きな理由は、やはり震災、何より原発事故である。というのも、2013年の頭に来日が計画されていたのだが、オーケストラのとくに若いメンバーが、原発事故の後始末が見えない状態で日本に行くことを渋り、中止になったのだ。妊娠中だったメンバーもいたというから、当然だと思う。日本側の情報開示が遅れたことが、決定的な不信を招いた。今でも福島の廃炉作業に関する報道は、日本よりドイツのほうが充実しているようだ。

 私の友人も、原発事故に関する日本の報道に不満がないわけではない。それでも彼は、オーケストラの国際的な名声のために、日本ツアーが重要だということをよくわかっている。12年、オーケストラ側の代表者のひとりだった彼は、日本ツアーを実現させたいと、他の有力メンバーと一緒にインバルに直談判したという。インバルも前向きだったそうだが、前述のように13年に予定された来日は、結局今年まで延びたのである。

 今回の日本ツアーは、東京から始まり、福島での鎮魂のコンサートを経て、福井や大阪まで足を延ばす全国規模のツアー。空白を吹き飛ばすように、各地で充実した演奏が繰り広げられた。08年から、このオーケストラのコンサートミストレスになった日本人ヴァイオリニスト、日下紗矢子さんも同道している。友人は日下さんのオーディションにも加わっていたそうだが、彼女のもつ音色が、コンツェルトハウス管に合う、と言っていた。オーディションの際に大きなポイントとなるのは、国籍より何よりその奏者が持っている「音色」なのだという。彼らが求める「ドイツ的な音色」は、「暖かく、丸みがあり、深い音色」なのだそうだ。日下さんがそれを持っているという指摘は、とても興味深く思えた。

 紆余(うよ)曲折を経て実現した、コンツェルトハウス管の日本ツアー。今回のツアーが、「コンツェルトハウス管」の名前が認知され、この楽団と日本との絆が深まるきっかけになることを願っている。(加藤 浩子)

ツリーが飾られたコンツェルトハウス入り口=2015年12月、加藤浩子撮影

公演データ

【すみだ平和祈念コンサート2017 すみだ×ベルリン】

3月13日(月)19:00 すみだトリフォニーホール

指揮:エリアフ・インバル

管弦楽:ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

 

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と〝愛の死〟

マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20+4選」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」(平凡社新書)、「オペラでわかるヨーロッパ史」(平凡社新書)他共著多数。最新刊は「カラー版 音楽で楽しむ名画 フェルメールからシャガールまで」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子の美しき人生 la bella vita」

http://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 「まれにみる異常な殺人運転」と懲役18年求刑 堺あおり運転
  2. 北海道に白いヒグマ 日大演習林で動画撮影成功
  3. 口永良部島が爆発的噴火 噴煙500m超 火砕流も発生
  4. あおり運転殺人 22歳砕かれた一歩「大好きなバイクで」
  5. 海外高級住宅購入、ヨットクラブ会費・・・ゴーン前会長の私的流用が次々判明 日産内部調査で

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです