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3月に首都圏で行われる海外オーケストラの来日公演から注目の演奏会をピックアップして、その聴きどころを紹介します。(宮嶋 極)
【ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック】
今春の海外オーケストラ日本公演の中で、ファンの注目を最も集めているのは何といっても米国最古の伝統を誇るニューヨーク・フィルハーモニックであろう。今年秋に音楽監督に就任するオランダの実力派指揮者、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンとの来日だけに、この名門オーケストラの今後を占う意味でも、楽しみなステージである。
ズヴェーデンは1960年、オランダ・アムステルダムの生まれ。ニューヨーク・ジュリアード音楽院でヴァイオリンを学び、79年から95年までアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現・ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)のコンサートマスターとして、ベルナルト・ハイティンクの音楽監督時代を支えた。その後指揮者に転向。オランダ放送フィル首席指揮者、ロイヤル・フランダース・フィル首席指揮者、ダラス交響楽団音楽監督、香港フィル音楽監督などを歴任するなどして、指揮者としてのキャリアを積み上げてきた実力派。ここ数年はベルリン・フィルやウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管など、ヨーロッパの名門オーケストラにもしばしば客演し、丁寧かつ彫りの深い音楽作りで高い評価を得ている。
とはいえ、関係者によると名門ニューヨーク・フィルの音楽監督就任は米国内ではサプライズ人事との受け止めが大勢だったという。そんなズヴェーデンが正式就任に先駆けて日本で同オケを指揮するとあって、音楽ファンから熱い視線が注がれることになった次第。
プログラムはストラヴィンスキーの「春の祭典」、マーラーの交響曲第5番をそれぞれメインに据えた2種類。どちらもオーケストラ音楽の醍醐味(だいごみ)を存分に堪能できる作品だけに、米国の音楽史を体現するヴィルトゥオーゾ集団が、新しいシェフの下、どんな化学反応を示すのか。さらにズヴェーデンは、これまでのインタビューの中で何度か「バーンスタインのDNAの継承」という言葉を口にしている。くしくも今年はバーンスタインの生誕100年の記念イヤー。ニューヨーク・フィルの黄金時代を築いたとされるバーンスタインにならって同オケに第2の黄金時代を招来させることができるのであろうか。聴きどころ、見どころ満載のステージになることは間違いなさそうだ。
【サカリ・オラモ指揮BBC交響楽団】
英国の名門BBC交響楽団は、4年半ぶりの来日公演となる。今回は2013年から首席指揮者を務めるフィンランドの名匠サカリ・オラモのタクトでマーラーの交響曲第5番、ブラームスの交響曲第1番をそれぞれメインにした2種類のプログラムを披露する。
面白いのは前述のズヴェーデン同様、オラモも元々はヴァイオリニストとして音楽教育を受け、フィンランド放送響のコンサートマスターから指揮者に転じた音楽家であることだ。さらに両者のプログラムのひとつのメインがマーラーの交響曲第5番。似たような経歴の50歳代の実力派指揮者がそれぞれ米国と英国の名門オケを指揮して、同じ曲を演奏する。そこにどんな違いが生まれるのか。比較して聴いてみるのもまた一興であろう。
1965年にフィンランド・ヘルシンキで生まれたサカリ・オラモはフィンランド放送響のコンサートマスターを務めた後、シベリウス音楽院で指揮を学び直し、1993年にフィンランド放送響で病気のためキャンセルした指揮者の代役として指揮活動を本格スタートさせた。これまでバーミンガム市響音楽監督、フィンランド放送響首席指揮者、ストックホルム・フィル首席指揮者などを歴任。BBC響では現代音楽などにも積極的に取り組んでいる。
一方、BBC交響楽団は1930年に名指揮者エイドリアン・ボールトによって創設された。その後、マルコム・サージェント、アンタル・ドラティ、コリン・デイヴィス、ピエール・ブーレーズ、ルドルフ・ケンペ、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、レナード・スラットキンらそうそうたる顔ぶれの指揮者たちが首席指揮者を務めてきた。英国の夏の音楽祭プロムスのラスト・ナイト・コンサートのホスト・オーケストラを務めることでも知られている。公共放送が運営する団体で財政基盤が安定していることで、腕利きメンバーを集めやすいこともあり、緻密な合奏能力に定評がある。
【トゥガン・ソヒエフ指揮 トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団】
NHK交響楽団への定期的な客演などで日本の音楽ファンにもなじみの深いトゥガン・ソヒエフが、音楽監督を務めるフランスのトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団を率いて日本公演を行う。
トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団は同市にあるキャピトル劇場でのオペラ上演のため、19世紀初頭に設立された。戦後はコンサート・オーケストラとしての活動を活発化させ、アンドレ・クリュイタンス、ジョルジュ・プレートル、ミシェル・プラッソンといった各時代のフランスを代表する名匠が音楽監督や首席指揮者を務め、伝統を紡いできた。色彩感豊かで柔らかな音色と洗練された表現が持ち味のオーケストラとして知られていたが、2008年にソヒエフが音楽監督に就任してからは、そこに力強さやシャープさが加わってきたとされる。合奏能力も向上しここ数年、フランス国内ではパリ管、パリ・オペラ座管と並ぶトップ・オーケストラのひとつとしての評価が固まりつつある。
二つのプログラムのメインはストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」とチャイコフスキーの「白鳥の湖」の抜粋。ほかにもグリンカ、ハチャトゥリアン、プロコフィエフとロシア作品が並ぶ。こうしたプログラミングからもソフィエフが、このオーケストラをどのような方向に導いていこうと考えているのかがうかがえる。
フランスの洗練とロシアの情感豊かな旋律美が融合するとどんな音楽が生みだされるのか。また、ソヒエフの指揮はN響との共演時と違いはあるのか。じっくりと耳を傾けてみたいものである。
【ロンドン交響楽団パーカッション・アンサンブル】
純粋なオーケストラ・コンサートではないが、英国の名門、ロンドン交響楽団のティンパニ・打楽器セクションのプレイヤー6人によるパーカッション・アンサンブルも紹介しておきたい。オーケストラ・プレイヤーによる弦楽器や管楽器のアンサンブルの来日公演は珍しくないが、打楽器となるとオーケストラ全体の来日公演時を除けば、かなりレアなケースといえよう。
インターネット動画などで音楽を楽しむファンの方の中には、このアンサンブルがネットの世界でなかなかの人気を博していることをご存じの方もいるはずだ。特に音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を繰り返すミニマル・ミュージック(Minimal Music)を代表する米国の作曲家スティーヴ・ライヒの作品の演奏で世界中の注目を集めるアンサンブルといわれている。今回の公演でもライヒの六重奏曲などが演奏される。多くの名指揮者やソリストと共演を重ねてきた名手たちが、パーカッションの知られざる可能性や魅力を披露してくれることであろう。
公演データ
【ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック日本公演】
指揮:ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン
ピアノ:ユジャ・ワン
ヴァイオリン:五嶋 龍
管弦楽:ニューヨーク・フィルハーモニック
3月13日(火)19:00 サントリーホール
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調 op.15
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
3月14日(水)19:00 サントリーホール
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
マーラー: 交響曲第5番嬰ハ短調
【トゥガン・ソヒエフ指揮 トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団日本公演】
3月15日(木)19:00 サントリーホール
指揮:トゥガン・ソフィエフ
フルート:エマニュエル・パユ
ヴァイオリン:諏訪内 晶子
管弦楽:トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団
グリンカ: 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ハチャトリアン(ランパル編): フルート協奏曲
チャイコフスキー: バレエ音楽「白鳥の湖」から
3月21日(水・祝) 14:00 サントリーホール
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ドビュッシー:交響詩「海」
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調 op.19
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」(1919年版)
【東芝グランドコンサート2018 サカリ・オラモ指揮BBC交響楽団】
指揮:サカリ・オラモ
ヴァイオリン:アリーナ・ポゴストキーナ
ピアノ:小菅 優
管弦楽:BBC交響楽団
3月8日(木)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」より〝4つの海の間奏曲〟Op.33a、〝パッサカリア〟Op.33b
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
ブラームス:交響曲第1番ハ短調 op.68
3月11日(日)14:00 サントリーホール
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調 op.18
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調
【ロンドン交響楽団パーカッション・アンサンブル】
3月6日 (火) 19:00 東京オペラシティ・コンサートホール
パーカッション:ロンドン交響楽団パーカッション・アンサンブル
チック・コリア(S.キャリントン編): デュエット組曲
ジョー・ロック: Her Sanctuary
ジョン・アダムズ: ロール・オーバー・ベートーヴェン
小曽根真(S.キャリントン編): Kato’s Revenge
ライヒ: 木片のための音楽
ライヒ: 六重奏曲
筆者プロフィル
宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。