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ウチのイチ推し

献呈曲から見るロマン派の作曲家たち アレクセイ・ヴォロディン語る

アレクセイ・ヴォロディン(c) Christophe GREMIOT

 今年で38回目となる世界的なピアノの祭典、南フランスのラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭で8月3日、ロシア出身のアレクセイ・ヴォロディンのリサイタルを聴いた。9月の東京・紀尾井町ホールでも披露される19世紀に活躍したシューマン、ショパン、リストが互いに「献呈」しあった曲ばかりを集めた面白いプログラムだ。ベートーヴェンやプロコフィエフの演奏などで定評があるヴォロディンの分析力、構成力、知的なアプローチが、ロマン派巨匠たちの作品にどんな光をあてるのか。その期待を胸にしたのは私だけではない。会場を埋め尽くした当日の演奏会には、著書「絶対音楽 カルロス・クライバーのリハーサル」でも知られる音楽通のフランスの経済大臣、また文化大臣の2人が、忙しい公務の合間にお忍びで聴きに来ていた。ヴォロディンの演奏を貫いていたのは、情緒を徹底的にコントロールした、知性と感性のせめぎあいだった。演奏会の翌朝、これからカナダ・モントリオールで休暇をとるという出発前に、滞在先ホテルで話を伺うことができた。(斎藤珠里)

     ――経歴を拝見して驚いたのは、ピアノを始めたのが9歳。遅いスタートでしたね。

     生まれたのはサンクトペテルブルグですが、軍の仕事をしていた父親の転勤で幼少期はモンゴルで暮らしたので、音楽を勉強する環境になかったのです。でも両親とも音楽好きでしたし、ソ連時代、市民生活は豊かな文化で彩られていました。ラジオからは常にクラシック音楽が流れていました。ピアノをはじめたいと思って、母に先生をみつけてと自分から頼んだのを覚えています。原点はベートーヴェンです。無性に引きつけられ、ベートーヴェンのソナタを全部弾きたい、と心に誓いました。

     ――モスクワ音楽院では、多くのピアニストを輩出された名教師エリッソ・ヴィルサラーゼ先生につかれましたね。どんな指導だったのですか。

     彼女には7年間つきました。厳しい方でした。演奏家としてあるべき姿、楽器をどう扱うかに至るまで学びましたが、先生は曲の情感、解釈などは教えません。それはピアニスト自身の化学反応がなせる業だからです。演奏するために必要な楽曲分析やテクニック、楽譜に書かれた作曲家の表記を忠実に順守することなど、細部にこだわる指導に徹していました。

     ――今回のプログラムを「献呈」もので構成した理由は? 

     プログラムに含めた曲は私がこれまで演奏してきたものですが、当時、親交のあった作曲家たちの作品を集めるにあたっての共通項に着眼しました。数年前からシェイクスピアの作品にちなんだ曲ばかりを集めてみたりと、新しいアイデアで作品をつないでみせることに関心があります。

     ――リスト/シューマンの「献呈」に始まってシューマン「クライスレリアーナ」に続き、ショパンがシューマンに贈った「バラード2番」、最後はリストがシューマンに献呈した「ロ短調ソナタ」で閉じました。全プログラムを通じてシューマンがキーワードになっていますね。

     ヴィルサラーゼ先生もシューマンが十八番の“シューマニスト”でしたが、私にとってもシューマンの作品は特別な意味を持ちます。人間の生きざまを映し出しているのですが、あくまでもニュアンスはさりげなく節度があります。その意味ではロマン派の神髄であるともいえて、他の作曲家の追随を許しません。

    アレクセイ・ヴォロディン (c)Julie Saito

     ――リストが編曲したシューマンの歌曲「献呈」の演奏のフレーズ一つひとつからは、「献呈」を冒頭に置いた歌曲集「ミルテの花」の原曲にある歌詞が音読されているかのような演奏でした。

     まさに音に託されたメッセージ、思いを音楽で“語る”ことが私の狙いです。シューマンの音楽のすべてに通じるアプローチです。彼のドラマチックな生涯、激しい感情の起伏、深い愛や苦悩や葛藤、その内なる心情が音符の中に複雑に織り込まれているのです。でも彼の生涯を理解したからといってよい演奏ができるわけではありません。答えはすべて作品の中にあります。分析は譜読みの段階では必要ですが、最終的には自分の世界でどう捉え聴き手に伝えるかが演奏家の使命です。

     ――話をショパンに移しましょう。シューマンから献呈された「クライスレリアーナ」を、ショパンは開封もしなかった、と聞きました。

     驚きですが、ショパンはどうも他人に対して、それほど思いやりのある優しい人間ではなかったようです。自分を天才と自負し、自身を愛してました。人から慕われて当然と思っていましたから、真の意味でシューマンを尊敬していなかったし、他の作曲家のこともあまり気にとめていなかったのではないでしょうか。例外として、ショパンはベッリーニは好きだったようですが。

     ――「クライスレリアーナ」のお礼にとシューマンに献呈した「バラード2番」ですが、当初贈る予定だったプレリュード集をショパンは親友のプレイエル(パリ老舗ピアノ製造者)を優先して渡してしまったので、いわば見向きされなかった「バラード2番」を贈ることになったとか。シューマンの奥さんクララも気に入らなかったと聞きました。難解な曲ですよね。

     そう、「バラード2番」は4曲のバラードの中でも、技術的にも、感情表現においても不自然な箇所が多く、演奏が最も難しいのです。導入部2ページにわたるアンダンティーノ(静の部分)はひとつの大きなうねりで描かれ、しかも続くプレスト・コン・フュオコ(動の部分)に説得力をもって接続され、静と動が交差していく。最後2ページのコーダも徐々にエネルギーと激しさを増しながら破壊的に終わる。非常に難解で、よい演奏になるか試される。完成度という点ではリスクの高い作品だと言えます。

     ――リストの「ロ短調ソナタ」をプログラムの締めに組んだ理由を教えてください。

     リストの中でも、もっとも人間味あふれるロマンチックな作品だからです。そして自伝的な作品でもあります。たとえば使われているのはカトリック教会旋法と、ハンガリー旋法の二つ。ハンガリー生まれの作曲家リストが、後に憧れの職業のカトリック神父となる夢が成就することが作品の中で暗示されている。また、ピアノ曲の中ではじめて30分近くを楽章で分断することなく、一つのテーマで貫いたという画期的な作品です。壮大な交響的叙情詩で人生の旅路を描きました。シューマンが感動し、感化されたのは間違いありません。リストはロマン派には位置付けられていますが、和声進行や構成要素からして革新的な作曲家でした。この曲は、これからもずっと私は演奏し続けていきたいと思います。

     ――最後に日本の聴衆に向けて、何かメッセージをお願いします。

     日本は、世界の中でもっとも好きな国です。2001年以降、これまで10回ほど訪れていますが、私が知っていることはまだ少ない。神秘に満ちています。できれば仕事抜きで、もっともっと日本の文化や伝統、地形を感じてみたいです。音楽環境でいえば、聴き手の集中力と静寂、この二つを演奏家に提供してくれる最高の聴衆です。それに応えるために、演奏家もベストコンディションで臨まなければならない。身が引き締まる思いで今回も日本での演奏会に備えますよ。

    公演データ

    【アレクセイ・ヴォロディン ピアノ・リサイタル】

    2018年9月7日 (金) 19:00 紀尾井ホール

    ピアノ:アレクセイ・ヴォロディン

    “DEDICATION”

    シューマン(リスト編): 献呈

    シューマン: クライスレリアーナOp.16

    ショパン: バラード第2番ヘ長調Op.38

    リスト: ピアノ・ソナタロ短調

    問い合わせ:カジモト・イープラス www.kajimotoeplus.com ℡ 0570-06-9960

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