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アンコール

広島交響楽団 2018「平和の夕べ」コンサート

 今夏の広島は、未曽有の被害をもたらした7月の西日本豪雨災害以降、35度以上の酷暑が続いた。筆者が広島入りした8月5日も、じりじりとした夏の日差しと瀬戸内特有のこもるような熱気が、容赦なく体を襲う。

     原子爆弾が広島の街に投下された73年前の8月6日も、太陽の照りつける暑い朝だったと伝え聞く。

     広島交響楽団は、毎年8月5日に「平和の夕べ」コンサートを開いている。

     今年のこのコンサートのタイトルは「~ブラームスは愛の調べ~苦悩、祈り、そして喜びへ」。このオーケストラの年間のテーマ「愛」にもリンクした内容だ。

     会場となった広島文化学園HBGホールには、多くの人が訪れた。ロビーには、壁に貼られた紙に訪れた人が花の絵を描いてゆく「平和の花を描こう」のコーナーや、折り鶴を作るコーナーが設けられた。

     当日の指揮は、広島交響楽団終身名誉指揮者の秋山和慶。1年半前まで同楽団の常任指揮者・音楽監督を務め、演奏の飛躍的なレベルアップに尽力した。

     本来はオール・ブラームス・プログラムであるが、先の西日本豪雨の復興を願い、プログラムへ入る前にバッハの管弦楽組曲 第3番から「アリア」を献奏。きめ細やかな音の粒子が、ホールを優しく包み込む。そしてメロディーが繰り返されると、より音量は落とされ、まさに祈りの世界そのものである。柔らかな弦楽器の響きは、聴く者に寄り添うかのようである。

     前半のプログラムは、ブラームスの交響曲第3番。

     この交響曲は、さまざまな形でシンメトリックな構成で作曲されている。秋山の指揮は、音楽の構築性を礎としつつ、音そのものの響きを生かし、言葉で語ってゆくようにメロディーラインを自然に浮かび上がらせてゆく。ブラームス特有の分厚いテクスチャーを前面に押し出すような演奏ではなく、むしろ内密で穏やかな性格を引き立てた音楽が心に残る。音の陰影をデリケートに描き出し、明るく平穏な情趣のなかにも時おりかげりを帯びたその指揮に、深い感動を覚えた。

     第1楽章は、おおらかな楽想の第1主題で始まる。力強く高らかに歌い上げるようなその調べは、心の扉を押し広げてゆくような希望に満ちあふれている。木管楽器のすっきりとした表情の第2主題は、第1主題とは対照的で、牧歌的な雰囲気を醸し出してゆく。民謡風のメロディーが特徴の第2楽章。クラリネットはノスタルジックに鳴り響き、ドイツの森や牧歌的な風景が目の前に浮かんでくるようである。オーケストラはこまやかな感情を慈しむかのように丁寧に歌い上げ、とりわけこの楽章や第3楽章において、管楽器と弦楽器は自然に対話してゆく。第3楽章の感傷的なメロディーにあっても、秋山は重苦しく情感を表すことはなく、各楽器の生み出す色合いや表現をさりげなくにじませる。

     それまで抑えられた感情は、第4楽章で一気に噴き出し、ほの暗いパッションをほとばしらせる。テーマやモチーフを丹念に積み重ね、大河のような音楽の流れを育んでゆく。ヘ長調に転じると、金管楽器の神々しい響きは、祈りにも似た表情を示す。最後に、第1楽章の主題がゆっくりと消え入るように回想され、その響きの余韻は静かに感動に満ちていた。

     休憩の後、ピアニストのネルソン・フレイレとともにピアノ協奏曲第2番。

     フレイレは、1944年ブラジル生まれ。ひところは同じ南米出身のピアニスト、マルタ・アルゲリッチとのピアノ・デュオの活動を盛んにしていたが、昨年7月、12年ぶりに日本でリサイタルを開催し、多くのファンを喜ばせた。さらに、今年も8月1日に東京でリサイタルを開いた。

     フレイレによると、秋山とは過去にもバンクーバーとリオデジャネイロで共演したという。70代の熟練した二人の演奏を聴くことができるのは、貴重な機会である。

     1881年に完成をみたピアノ協奏曲 第2番。華麗なオーケストラ・パートとともに、独奏ピアノには卓越した演奏技巧が求められる。とても緻密に組み立てられた作品であるが、それを感じさせない深い叙情性に満ちあふれている。

     独奏ホルンの響きにいざなわれ、第1楽章は始まる。その牧歌的なホルンの響きのなかから、ピアノは分散和音を立ち昇らせてゆく。オーケストラとピアノの対話を経て、ピアノは第1主題を柔和に奏で、オーケストラはそれにりんとした力強い響きで応える。第2主題では厳格さをうちに秘めつつ、ドラマチックに音楽を推し進めてゆく。展開部の豊かなハーモニーの響きとその変化を大きくとらえた音楽づくりも印象的だ。

     第2楽章では、ブラームスらしいほの暗い情熱をピアノが丁寧に浮き彫りにするなか、オーケストラは憂いにも似た表情を漂わせ、特に弦楽器は重みのあるうねりを生み出す。また管楽器による音の遠近は、音楽に奥行きを与えた。独奏チェロを務めた首席奏者マーティン・スタンツェライトの個性あふれる演奏が光った第3楽章。その人懐っこくもいくぶん控えめな語り口で、音のうねをなぞるようにメロディーを歌う。対話的な書法を大切にし、さまざまな声を秋山はきめ細やかに編み上げてゆく。ピアノは、曲が進むにつれて、透き通るような輝きを増し、心の内を照らし出した。

     そしてフィナーレ。緊張から解き放たれたかのように、民謡風のロンド主題を軽やかに親しみを込めて語ってゆく。ピアノはロンド主題や中間主題など彩り豊かに描き出す。そして音楽を次第に高揚させ、壮麗なクライマックスを築き上げた。

     フレイレのピアノは、大きなスケールと繊細な息遣い、そして叙情的に富んだロマンチックな表現が魅力だ。何よりも、シャイな雰囲気を感じさせるところは、この作曲家に相通じるものを覚える。

     そしてオーケストラの弦楽器のさりげなく、しかし的確なその表現に好感が持てた。チーム一丸となっての音楽づくりは素晴らしい。管楽器の演奏の精度がより上がれば、さらに豊かな響きを聴くことができたと思う。

     その後、フレイレはアンコールに応え、パデレフスキ「ノクターン」作品16-4とグリーグ「トロルドハウゲンの婚礼の日」(抒情小曲集第8集より)を披露。

     平和への思いは音の言葉に深く刻み込まれ、聴く者にしっかりと伝えられたに違いない。

    公演データ

    【広島交響楽団 2018「平和の夕べ」コンサート】

    2018年8月5日(日)15:00 広島文化学園HBGホール

    オーケストラ:広島交響楽団

    指揮:秋山和慶

    ピアノ:ネルソン・フレイレ

    ブラームス:交響曲第3番ヘ長調

    ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調

    筆者プロフィル

     道下京子(みちしたきょうこ)東京都大田区生まれ、広島・世羅育ち。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)卒業、埼玉大学大学院文化科学研究科(日本アジア研究専攻)修了。音楽月刊誌「音楽の友」「ムジカノーヴァ」「ショパン」への寄稿や、コンサートのプログラムやCD のライナーノートなどに曲目解説やエッセイなどを執筆。共著は、大学院在学中に出版された「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。

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