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イタリア・オペラの楽しみ

イタリアにおけるスペイン ボローニャの「ドン・カルロ」とスカラ座の「フィデリオ」を鑑賞して

エリザベッタ(左)とエボリ公女=ボローニャ市立劇場の「ドン・カルロ」で  (c)Rocco Casaluci

 葛藤がドラマを生むとすれば、葛藤が生じる矛盾に満ちた状況はドラマにとって格好の舞台となる。そこに想像力をかき立てるエキゾチックな雰囲気が加われば申し分がなかった。スペインがオペラの舞台に選ばれることが多かったのは、そんな事情と無縁ではない。

     スペインは地理上の“発見”によって広大な領土を獲得した。フェリペ2世(1527‐98)の治世にヨーロッパから新大陸、一部アジアにまで至る「太陽が沈まぬ帝国」を築き、貿易と新大陸で産出する銀のために巨利を獲得した。だが、社会構造は古いままで、産業は次第にイギリスやオランダの近代的なそれに圧倒される。またフェリペ2世はカトリックの盟主を自任し、このため反宗教改革の総本山として、ほかの宗教や宗派を弾圧し、迫害は労働力の衰退にもつながった。カルバン派の新教徒が多いフランドル地方にもカトリックを強要した結果、ネーデルラントの独立を招き、スペインの経済基盤であったフランドル地方と中心都市アントウェルペンを失う(1579年)。そして、ネーデルラントを支持するイギリスを撃つつもりが、無敵艦隊が大敗してからは(1588年)、国際的地位が一気に低下した。

     いったん低下した国力は戻らない。18世紀に入ると、王位継承者の血筋をめぐってイギリス、オランダ、オーストリアなどがフランス、スペインなどと開戦したスペイン継承戦争も勃発(1701年)。そうして成立したスペイン・ブルボン朝の支配下で、国力はさらに低下した。一方、封建制と教会による支配は色濃く残り、18世紀の間は、ほかの西ヨーロッパ諸国のような産業化も政治の近代化も進まず、生産は衰退するばかりで、新たに中産階級が力をもつこともなかった。先ごろボローニャ市立劇場でヴェルディ「ドン・カルロ」(6月14日)、ミラノのスカラ座でベートーヴェン「フィデリオ」(6月18日)を鑑賞したが、この2作の舞台設定は、上に記したスペインの歴史の、矛盾に満ちたいびつな流れの上に位置づけられる。

     「ドン・カルロ」に登場するフィリッポ2世こそ、フェリペ2世その人だ。この君主が、若くして没した息子カルロとの関係に問題を抱えていたのは史実のようだ。もちろん、フィリッポ2世に嫁いだエリザベッタが、その前にはカルロの婚約者だったという設定をはじめ、「ドン・カルロ」はかなりの部分がフィクションである。しかし、「太陽が沈まぬ帝国」を築いた絶対君主が、カトリックを強要して不寛容な姿勢を示したこと、そうするうちに帝国の経済的基盤は揺らぎ、人心の離反を招いたことなどを念頭に置くと、ドラマを理解しやすい。こうした矛盾こそが、恋、友情、嫉妬、親子の反目、孤独といった、このオペラに織り込まれた多彩な人間感情の母体だからである。

    縦横無尽なマリオッティの「ドン・カルロ」

    ロドリーゴ(左)とカルロ=ボローニャ市立劇場の「ドン・カルロ」 (c)Rocco Casaluci

     1867年3月にパリのオペラ座で初演された全5幕の「ドン・カルロス」は、イタリア語による「ドン・カルロ」として同年10月、イタリア初演された。その場所は、ほかならぬボローニャ市立劇場だったが、今回上演されたのはこのバージョンではない。ヴェルディが徹底的な改訂を施したうえで1884年1月、ミラノのスカラ座で上演された4幕のミラノ版をベースにしたものだった。

     指揮は今シーズンまで同歌劇場の音楽監督を務めているミケーレ・マリオッティ。第1幕冒頭、緩やかに荘厳に始められるが、カルロが登場すると風雲急を告げるように緊迫感が走り、しかし緊迫は維持され、すみずみまで神経が行き届いたなかでたっぷりと歌わせる。ロドリーゴが現れると、屈折したカルロとの対話は、それぞれの立場と心情を音楽が雄弁に語って余すところがない。そして、たがいの心が絡みあったまま二重唱の後半で2人の声が3度並行で重なり、快速テンポで駆け抜ける。統率された深い表現とこまやかな描写で聴き手をドラマに引きずり込み、快感を与えながら流麗に疾走する。

     マリオッティが指揮すると、様式を守りながら、すべての音がこまやか、かつダイナミックにドラマに貢献し、極上の快感が得られる。たとえばエボリ公女(ヴェロニカ・シメオーニ)のベールの歌も、微妙に強弱と緩急が加えられて表情が豊かだ。歌手たちもいつもと違う表情を見せる。カルロ役のロベルト・アローニカは容姿も声も老成していて王子のようではないが、いまもこれほど柔軟に歌えるとは意外だった。ロドリーゴのルーカ・サルシもいつもの一本調子がウソのように緩急自在で、すると第1幕のエリザベッタ(マリア・ホセ・シーリ)とカルロの二重唱のような劇的な歌唱もいっそう映える。ロドリーゴとフィリッポ2世(ドミトリー・ベロセルスキー)との二重唱も、自由な対話であるだけにマリオッティの緩急がさえる。マリオッティの魔術のもと、ヴェルディはもっとスクエアな音楽づくりをしていると思っていた自分に恥じ入らざるをえない。

     演奏はマリオッティの強い統率のもと、ヴェルディの音楽のカンタービレを犠牲にすることなく、自在に(実はヴェルディの要求通りだが)濃淡をつけながら、このオペラの16世紀スペインの宮廷以上の豊かさをあらわにしながら、最後まで弛緩(しかん)することなく進んでいった。異変が起きたのは第3幕。エリザベッタ役のシーリが音声障害のために降板し、ルイーザ・タンバロというアカデミーの学生が代役に立ったのである。あとで聞いたところでは、シーリが不調を訴えたのは開演後で、自宅にいたこの学生を急きょ呼びつけたとのことだが、みずみずしいのにエリザベッタのドラマチックな表現に不足はなく、むしろ不調のシーリより立派なほどなのには驚いた。マリオッティに聞いても名前を知らなかったほどの彼女にとって、またとないアピールの場になったことだろう。

    ベートーヴェンの理想に忠実な「フィデリオ」

    ロッコ(左)とレオノーレ=スカラ座の「フィデリオ」 (c)Brescia / Amisano - Teatro alla Scala

     一方、ベートーヴェンの「フィデリオ」はイタリア・オペラではないが、イタリアでの上演を、イタリア・オペラの理解を深めるために取り上げるのだから、許してほしい。ベートーヴェン唯一のオペラである「フィデリオ」は、1805年に初演、改訂して翌年再演されたのち、時をへて1814年5月、大幅に改訂されて上演されたものだ。

     陰謀によって地下牢に2年以上も幽閉された夫フロレスタンを、貞節な妻であるレオノーレがフィデリオという偽名で男性に扮(ふん)し、勇敢にも解放し、正義が勝利する。このいかにもベートーヴェンらしい道徳的かつ理想主義的な内容は、フランス人作家、ジャン・ニコラ・ブイイの台本「レオノール、または夫婦の愛」が原作。ドラマの舞台は18世紀のセビリャ近郊の国立刑務所だが、ブイイ自身がフランス革命期に目撃したできごとが下敷きになっているという。この時代、不当逮捕された人物を救い出すという筋書きの、いわゆる「救出オペラ」が流行していた。革命後、当初の理想とは裏腹に闘争が激化、暗殺が横行し、人々が次々と斬首されていくなかで、こうしたストーリーはいちるの希望を投げかけたのだろう。その代表作であるルイージ・ケルビーニの「二日間」は、ベートーヴェンにインスピレーションを与えたといわれる。

     ベートーヴェンの人物描写は主役のレオノーレとフロレスタンにしても、不法の餌食になって苦しめられている夫と、それを必死に救出する貞節で勇敢な妻という以上の個性に欠けるところがある。彼らを人間らしい弱く矛盾した存在として描くと、高邁(こうまい)な理想がぼやけてしまうと考えたのだろうか。実際、聴覚が日増しに失われる恐怖をはじめ、葛藤のなかで戦っていたベートーヴェンにとって、創作こそが葛藤を解消する手立てだったとすれば、夫婦の愛、ひいては人類愛の勝利を輝かせるためにも、余計な細部は邪魔だったといえよう。上に記したように封建制が色濃く残り、中産階級に力がなかった18世紀のスペインは、「水戸黄門」のような勧善懲悪が江戸時代であればこそリアリティーをもつのと同じ意味で、おあつらえ向きの舞台である。しかも、18世紀のスペインの前近代性はフェリペ(フィリッポ)2世の独善が尾を引いた結果だとすれば、「ドン・カルロ」と「フィデリオ」がつながってくる。少々、牽強付会(けんきょうふかい)にすぎるだろうか。

    フロレスタン(左)とピサロ=スカラ座の「フィデリオ」 (c)Brescia / Amisano - Teatro alla Scala

     さて、スカラ座で「フィデリオ」を指揮したのはチョン・ミョンフン。5月に東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で「フィデリオ」を演奏したときと同様、「フィデリオ」序曲ではなく「レオノーレ」序曲第3番で始まった。マエストロはその理由を東京フィルのプログラムに「『フィデリオ』の深遠な音楽の魂はすべて、『レオノーレ』序曲第3番に集約されています」と書いていた。1814年版のために、あえて「フィデリオ」序曲を書いた作曲家の意図はくまないのか、という疑問は残るにせよ、「レオノーレ」序曲第3番が「フィデリオ」の精神を凝縮していることは疑いない。実際、この序曲は、幽閉されたフロレスタンを表す冒頭はきわめて緩やかに始められ、それとの対比で歓喜が浮かび上がるように、テンポのコントラストが強く描かれた。それはそのまま、オペラ全体におけるマエストロ・チョンの表現であった。

     第1幕前半の軽い部分も、マルツェリーナ、彼女とフィデリオ(レオノーレ)を結びつけたい父ロッコ、戸惑うレオノーレとヤキーノによるカノン形式の四重奏は、極端といっていいほど緩やかに演奏されたが、フロレスタンを幽閉している張本人であるピツァロが登場すると、演奏は一転、劇的なダイナミズムに向かい、夫の救出を決意するレオノーレのアリアで、前半のクライマックスが形成された。第2幕も、地下牢の場面はゆったりと演奏され、ピツァロの前にレオノーレが立ちはだかると、音楽は一気に生命を帯びて再会した夫婦の歓喜の二重唱に入り、終曲は喜びそのものが鮮やかに駆けぬけるように演奏された。マエストロ・チョンは上記したプログラムで「フィデリオ」について「人間としての強いメッセージがそこにあるという意味では、『第九』交響曲にも似ています」と書いていたが、まさにその精神を具現化するためのコントラストであった。

    歓喜のフィナーレ=スカラ座の「フィデリオ」 (c)Brescia / Amisano - Teatro alla Scala

     歌手はレオノーレがリカルダ・メリベート、フロレスタンがスチュアート・スケルトン、ピツァロがルーカ・ピサローニ、ロッコがシュテファン・メルリンク、マルツェリーナがエヴァ・リーバウ。主役2人はドラマチックという点では申し分なかったものの、もう少し装飾歌唱にもたけた歌手のほうがふさわしかったのではないか。1814年はヨーロッパにロッシーニ旋風が巻き起ころうという時期なのだ。とはいえ、衣装こそ現代的だが作品の理想主義に忠実なデボラ・ウォーナーの演出と相まって、陰と陽を対比させ、ベートーヴェンの魂のありようを浮びあがらせた名演だった。

    筆者プロフィル

     香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。新刊『イタリア・オペラを疑え!』がアルテスパブリッシングより好評発売中。

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