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今週の本棚:藤森照信・評 『地団駄は島根で踏め』=わぐりたかし・著

 (光文社新書・924円)

 ◇語源の地を訪ねて、急がば回れ

 いったい何の本なんだろう、書名にひかれて手にしてしまった。

 地団駄、島根、踏む。この謎かけが近代以前、出雲国(島根県)を中心に行なわれていた“たたら製鉄”に由来するだろうことは、推測できた。たたらを踏む、という言い方があるからだ。でも、地団駄が分からない。団駄はなんとなく歌舞伎っぽいし、出雲の阿国(おくに)と関係あるのか。

 正解は出雲で発明された大型の“地たたら”で、それがジダンダになまったのだった。なお、たたらとは送風機のこと。

 ただしこの本は語源研究の本ではない。研究が明らかにした語源の地を訪ねる日本語の旅の本である。本当の地団駄の踏み工合(ぐあい)は、「ペダルに足をのせる。右足、左足。ちょっと不安定で怖い。天井からロープが吊(つ)る下がっているので、つかんでバランスをとる。カラダ全体を使って踏み込む。ほんの一、二分、踏んだだけで息は切れるし、太股(ふともも)が張ってくる。これは、けっこうな重労働だ」。

 くやしくて足踏みする姿とたたら踏みが似ているから、地団駄を踏む、という日本語が成立したわけだが、それにしても言葉の発生は不思議だ。足踏みをたとえるに、わざわざ出雲の製鉄労働から引かなくてもいいだろうし、地たたらなど見たこともない全国の人々の間にどうやって広まり、定着していったんだろうか。

 発生も流布も不思議だらけだが、でも、考えてみると現代語だって後世から見ればヘンで、“エッチ”を『広辞苑』で引くと「(8)変態(hentai)の略。俗に性交」とあるが、まさかどっかの女子高生の間で生れた隠語が十数年の間に変態を重ねて、ここまで定着しようとは。

 “急がば回れ”のような当り前な言い方にもレッキとした語源の地域があるらしい。地域どころか地点まで分っていて、滋賀県草津市矢倉二丁目にある瓢泉堂(ひょうせんどう)のT字路の角。

 角を曲らずに直進すると、琵琶湖を迂回(うかい)し、瀬田の唐橋(からはし)を経て、陸路、東海道を大津へ。一方、角を右に折れると、矢橋(やばせ)湊(みなと)から舟で琵琶湖上を近道して大津へ。しかし、“比良(ひら)おろし”が一風吹くと足止めをくう。そこで、「武士(もののふ)の やばせの船は早くとも いそがば廻(まわ)れ 瀬田の長橋」なる歌が生れた。

 旅の本だから、探訪の写真も載っていて、解説に、

 「ここが、『急がば回れ』が生まれたT字路。かどに建つ瓢泉堂の軒下には広重の絵に描かれた道しるべが今もある」。

 旅の本だから、瓢泉堂のおかみさんもエプロン姿で出てきます。

 “チンタラ”はどうして鹿児島で生れたのか。鹿児島で焼酎用に作られたカブト釜式蒸留機がもとだという。火を入れると鉄釜がチンチンと音を立て、そして蒸発したアルコール分が冷えて液化し、タラタラとしたたり落ちて……。

 東京産の言葉は四つ探訪されているが、いずれも、“やばい”、“どたんば”、“くだらない”、“へなちょこ”とヘンなものばかり。“どたんば”の小伝馬町と、“くだらない”の新川河岸は知っていたが、“へなちょこ”はどこか。神田明神の男坂の近くで生れたというが、正解は本書を手にしてください。

 日本語についてこんな領分があるとは思いもよらなかった。一冊目では、27語しか取りあげられていないが、二冊目の準備も整っているらしい。全国が待っています。

毎日新聞 2009年4月12日 東京朝刊

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