(東洋経済新報社・2100円)
サッチャー改革は経済を活性化させ、イギリス病を一掃したようにも思える。だがその実態は、激しい不平等の拡大であった。この本の著者の一人、トインビーは、イギリスで名の知れたジャーナリストで、低賃金で働く人々の姿を追った『ハードワーク』(椋田直子訳、東洋経済)の著者でもある。
本の原題は“不公正な報酬”で、サッチャー改革が生んだ、スーパー・リッチがまずとりあげられる。
民営化されたC&W(ケーブル・アンド・ワイアレス--日本の旧国際電電に当る会社)の会長報酬が他の取締役とのバランスで一一〇〇万ポンド(一六億円余)--一事が万事、法外な役員報酬。シティ(ロンドン金融街)の投資銀行や法律事務所に勤める人たちの超高給等々である。シティの国際化がもたらしたアメリカ企業社会の影響である。
その結果、イギリス社会の上位一%の人の所得は国民所得の一三%を占め、上位一〇%の人のそれは二七%と「アメリカを除くどの大国よりも不平等」となっている(ちなみにアメリカは上位一%の人が全所得の一七・三%)。所得の不平等度では、戦前の「福祉国家以前」にもどったというのである。
伝統的アッパー・ミドル(めぐまれた中産階級)はスーパー・リッチの登場で相対的に地位が低下し、かれらへの屈折した批判感情をかくそうとしない。
その結果高額所得者が二つに分かれたと著者は言う。多くを持てる者と多大なストレスにさらされている者と。しかし、いずれも貧しい人たちのことをほとんど知らない。
貧しさの原因は低賃金にある。なぜなら貧困線を下回っている人の五四%が働いているのだ、と。子供たちをめぐる貧困の世代間の悪循環の実例が、生活環境がもたらす幼児期の言語能力の問題から入っているのが注目をひく。
イギリスは、日本人には考えられない階級社会である。ところがこの本によれば、階層間流動性が生じた時が戦後一度あったという。
「一九四〇年代から五〇年代に生まれた世代は、戦後の一時期、階層間の活発な移動を体験してきた。専門的な職種、管理的な職種が増え、今の五〇代以上の人々は」上の階層に上っていった。そうした人たちは、こうした社会変化は今も続いていると思っている。だが八〇年代になると、こうした傾向は「目立って減衰した」と。サッチャーがつくったものは、階層間の流動性という点では停滞社会化なのである。
日本と違って、イギリスの低所得者は、大学に行こうとは思わない。しかし、社会階層を上に登るには、大学を卒業することが必要である。そこで大学志望への意欲をつくりだすために、オックスフォードで二日間すごす、エイム・ハイヤー計画--貧しい階層の子に高い志を持たせる計画がつくられ、これが紹介されている。成績が良い子のうち一人でも二人でもよい、大学を目ざすようにというのである。
これと「雇用・維持・向上プログラム」(ERA)は労働党政権のプラスの面である。ERAは、失業者の自立のために、とことん面倒を見るハロー・ワークの新しい試みで、NHKテレビでも紹介されたものである。
だが本書全体を通じて著者は労働党政権に厳しい。ニュー・レーバーは金持にやさしい労働党である。これは税制を見れば明白。それにしても、イギリスの金持は何と租税回避をしていることか。平然とそのアドバイスをする会社、そのために、税申告上の住所を海外に置いておく人等々である。(青島淑子・訳)
毎日新聞 2009年11月1日 東京朝刊