今週の本棚

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今週の本棚:小島ゆかり・評 『御曹司たちの王朝時代』/『俳句の秘法』

 ◇『御曹司たちの王朝時代』=繁田信一・著

 (角川選書・1785円)

 ◇『俳句の秘法』=鷹羽狩行・著

 (角川選書・1575円)

 ◇千年前に書かれた手紙と現代の詩歌の言葉

 現代日本の政界にも、わたしたち一般庶民とはおよそかけはなれた生活感覚をもって生きて来られたにちがいない御曹司の方々が多くいらして、『御曹司たちの王朝時代』というタイトルには、ほのかな諧謔(かいぎゃく)さえ感じてしまうが、それはともかく、たいへんおもしろい本である。

 王朝時代に実在した名門貴族家の御曹司たちが関(かか)わった二十四通の手紙のなかみを覗(のぞ)き見ることによって、その実像を描き出す試み。私信を覗き見るのはあまりよろしくないが、千年もたったのだから許してもらえそうだ。

 「友人の色好みをたしなめる」「仲間外れにしないように頼み込む」「遊興への参加を強要する」「宮中の行事をさぼった言い訳をする」「牛車を牽(ひ)く牛の貸し出しを依頼する」「舞姫をめぐる噂(うわさ)の真偽を確かめる」「任官をめぐる口利きを依頼する」など。二十四通の手紙のなかみはあまりにも人間味に溢(あふ)れていて驚く。王朝時代の御曹司といえども生身の人間であるから人間味があるのは当たり前だが、それにしても、現代の職場の話題とそっくりではないか。かの光源氏も彼の友人たちもこんな感じだったのかしらんと思うと、ぐっと親近感が湧(わ)く。

 さらに興味深いことに、これらの手紙にはいわゆる手紙の冒頭の挨拶(あいさつ)、「拝啓」「前略」とか、「日に日に秋めいてまいりました」のような時候の挨拶がほとんど見られず、いきなり本題に入っている。すなわち「猟色を自粛していただきたい旨(むね)」と。本書の「あとがき」にも、「手紙の冒頭に半ば空虚な修辞に過ぎないような挨拶を据えることは、今から千年ほど昔の王朝時代においては、伝統でも何でもなかったことになりましょう」と記されている。

 歴史の細部には意外な事実がたくさんある。そして細部の具体こそが、人間の姿をもっともよく伝えるのだと思う。

 さてもう一冊は、『俳句の秘法』。現代を代表する俳人の作句の秘訣(ひけつ)、また名句誕生秘話である。多くは講演をもとにまとめられた内容とあって、がぜん興味を覚えた。この俳人の講演やスピーチは、いつも実に実におもしろい。わかりやすくてユーモアがあって、大事なことがくっきりと示される。

 本書でとりわけ注目したのは、作者の代表句である「摩天楼より新緑がパセリほど」にまつわる話。「摩天楼」はここではニューヨークのエンパイアステートビルのこと。四十年前にアメリカを訪れたとき、あまりにもスケールが大きくてダイナミックで、「俳句が、まるで剃刀(かみそり)のように弱々しく感じられ、なんとか短刀のような威力を発揮してくれないかな」と願い、「日本での五・七・五の手法を尺貫法とするならば、メートル法でいかなければ」「尺貫法の『や・かな・けり』、これに対するものは、メートル法では名詞かなと、そして動詞がいちばん弱いなと」、こんなふうに意識したという。

 そうして、百二階から見下ろした百万坪のセントラルパークの新緑を「摩天楼より新緑がパセリほど」と表現した。大胆な発想の転換と、柔軟な言葉選びと、シャープな構成。名句誕生にはやはり理由があった。

 「新しい素材とは、新しい時の流れ、そこに生きる今の自分と言い換えてもよいだろう」(「俳句の素材と発想」)。詩歌の言葉はつねに、「そこに生きる今の自分」を見つめる言葉なのだ。

毎日新聞 2009年11月1日 東京朝刊

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