銀幕閑話

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第276回 「サヨナライツカ」のイ・ジェハン監督に聞く

「サヨナライツカ」の一場面 (c)2009 CJ Entertainment Inc. All Rights Reserved.
「サヨナライツカ」の一場面 (c)2009 CJ Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 パリ在住の中山美穂さんが12年ぶりの主演、夫の辻仁成さんのベストセラー小説が原作、そしてアジア映画としては空前のヒット作「私の頭の中の消しゴム」のイ・ジェハン監督が手がけた話題作「サヨナライツカ」が23日、全国で公開される。「完璧(かんぺき)主義者」を自任するイ・ジェハン監督のこだわりは、インタビューでも随所にうかがえた。

 中山さんは撮影終了後に「(イ・ジェハン監督と)また一緒に仕事をしたい」と告げる一方で「二度と仕事をしたくない」という感想を述べたという。全力投球をした、あるいはさせられた人でなければ語れぬ強い思いがあったのだろう。

 監督も「きっといい作品になると彼女も思ってくれたのだと思います。でもその過程があまりにも大変で、そう言ったのでしょう。僕への周りの評価も完璧を追求しすぎるというのがあります。そこに到達するための努力というのは、周りからは気が変になっていると見えるのでしょう」と推察する。

沓子(中山美穂)と豊(西島秀俊)は二人だけの世界に溺れる
沓子(中山美穂)と豊(西島秀俊)は二人だけの世界に溺れる

 監督自身は中山さんとまた仕事をしたいですか?と聞くと、「もちろんです。(絶対に)悩みません」と笑わせ、「中山さんだけでなく、西島秀俊さん、石田ゆり子さんとも一緒にやりたいです」とキャストの演技に手応えのあったことを明かした。

 出産後、パリで育児に専念していた中山さんを出演する気にさせる殺し文句はあったのかと問うと、「ありません。でも『あなたしかいません(オンリーユー)』とだけは言いました」と答えた。それは立派な殺し文句。もしかして、いつもそのせりふを使っているのだろうか。「いえ、他では使いません」と笑った。

 映画は、タイのバンコクが主な舞台。日本の航空会社に勤務するエリートサラリーマンの豊(西島秀俊)は、赴任先のバンコクで謎の美女、沓子(中山美穂)と知り合う。自由奔放な彼女は、光子(石田ゆり子)という婚約者のいる豊の下宿に押しかけ、2人はたちまち愛に溺(おぼ)れていく。人生の岐路に立ち、愛よりも仕事への野心を燃やす豊、愛されることより愛することに目覚める沓子、そして夫となる人に献身的に尽くす光子。25年後、再びバンコクで豊と沓子は再会する。

 見どころの一つは、3人の表面的な性格とは別の内面が浮かび上がってくる展開だ。会社で仕事の能力を買われているクールな豊が愛にのめり込む。人から愛されることに慣れていた沓子が許されない愛を胸に25年の長きにわたって豊を待ち続ける。おとなしい存在だった光子が大胆な行動に出て、理性的に自身の愛を貫く。

沓子は愛を貫こうとするが 
沓子は愛を貫こうとするが 

 監督は「人間の持つ多面性に非常に関心があります。内面に隠し持ったものを引き出したかった。それが3人には、難しい演技を要求することになったかもしれません」と笑う。その監督もレンズの奥で中山さんが官能的な女に変身していく姿には驚いたという。中山さんも泣いたり笑ったりする沓子を演じていて、「自分が壊れてしまうのではないか」と思ったという。そこまで本気にさせる監督。監督の要求に応える俳優たち。その思いの共振がスクリーンにリアリティー以上のものをもたらせるのかもしれない。

 長編2作目の「私の頭の中の消しゴム」、そして3作目の今作と、連続して韓国の大手映画会社が製作に名を連ねた。才能を見込まれ、監督自身が「オンリーユー」といわれているかのようだ。そう向けると、「自分でいうのもなんですが、うまく感動的な映画を作る監督、感情を込める監督、商業的な作品でありながら芸術性も加わった映画を作る監督という評価をいただいているようです」と自らを紹介。アジア人にはめずらしいタイプだと思い、経歴を確認すると12歳から米ニューヨークに住み、名門のニューヨーク大で映画を学んでいた。同大は映画の製作だけでなくプロデュース能力までたたき込むことで知られている。

 「ええ、鍛えられました。借りたカメラやフィルムは時間通り返さないと次は絶対に貸してくれない。脚本もいいものでないと教授が許可しない。そう簡単に映画なんか作れるものではないと学ばせるのです。でもマーティン・スコセッシ監督のような先輩を見ていると本当に勇気や自負心がわいてきます」と振り返る。

 130年以上の歴史を持つバンコクのマンダリンオリエンタルホテルが館内の撮影に全面的に協力し、空港内を車が疾走するシーンをフィルムに収めるなど貴重な映像も多いが、韓国が出資し製作、日本の原作で日本の俳優が出演し、撮影はタイと、3カ国のスタッフが参加するという新しい形の国際共同製作モデルを作ったことは大きな財産だろう。

クラシックをはじめ世界中の音楽を聴くのが好きというイ・ジェハン監督
クラシックをはじめ世界中の音楽を聴くのが好きというイ・ジェハン監督

 「この作品がお手本になってくれればいい。英語を加えた4カ国語が飛び交うロケ地というのは苦痛もあったが、楽しい現場でした。もう一回やろうと声をかけられたら、僕は嫌だとは言いません。またやるし、今度はもう少し苦痛のない現場を作れると思います」

 インタビュー後の写真撮影では、筆者が写り具合を確認し、これで決まりと思っていると、カメラをのぞき込んだ監督は首を振って「もう一回」と撮り直しを要求。思わず「やはり完璧主義者なんですね」と笑うと、通訳が「ロケ現場にいたので、ずーっと一緒でした。本当に完璧主義者!」と笑顔でうなずいていた。

 「サヨナライツカ」は23日から新宿バルト9(東京都新宿区)、丸の内TOEI2(東京都中央区)ほか全国で公開。【紀平重成】

 ◇

 15日更新予定の次回コラムは恒例の「私のアジア映画ベストワン」を発表します。ご期待ください。また09年から始まった「親子で見たい」「子どもたちに見せたい」作品を選ぶ「ちいがくベストテン」が10年も作品を募集中。応募方法など詳細は下記ブログをご参照ください。09年の1位は「崖の上のポニョ」でした。応募締め切りは23日。

2010年1月8日

紀平重成(きひら・しげなり)
74年毎日新聞入社。静岡支局、東京本社社会部、生活家庭部などを経て、同部編集委員としてシニア問題を担当し、高齢者のライフスタイルなどに関する記事を執筆。03年からは本コラムで中国語圏映画を中心にアジア映画の話題を連載中。10年2月から福祉関連の財団に勤務しつつ、中国や香港、台湾、韓国に出かけ、新作映画の取材や、アジアの映画シーンをウオッチしている。
 

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