「ゆず」の活動のスタンスが変わってきている--。はっきりそう思ったのは、8月1日、彼らが主催して横浜スタジアムで行われたイベント「音野祭」のときだ。同じ神奈川県出身の「いきものがかり」や「キマグレン」。オーディションで選んだアマチュアの弾き語りグループ。「ゆず」は、その中心にいた。
北川悠仁 横浜開港150年を盛り上げようという気持ちもあったんですが、僕らは今まで諸先輩の胸を借りていろいろ勉強させていただいてきましたけど、今度は、僕らが伝えていく。今の自分たちならそれができるかもしれないと思いましたね。
変わりつつあると思ったのは、08年のアルバム「Wonderful World」のときだ。07年にデビュー10周年を迎え、新しい一歩を踏み出した気がした。
北川 それまで走り続けてきて、10周年で初めて立ち止まったとき、これでいいのか、と危機感を覚えたんです。例えば、水の中にいるカエルを、下から火であぶると、ゆだって死んでしまうけれど、アツアツのお湯の中にいると飛び出しますよね。僕らも、実は、今いる水も沸騰してるんじゃないか、一度外に出てみないと死んでしまうと思ったんですね。
岩沢厚冶 「Wonderful World」の時、ジャケット撮りからツアーの最終日まで一貫してやったんです。ジャケット撮影の現場にツアースタッフを呼んだり、人任せじゃなく、全部自分たちで統一感を持たせた。ツアーも終わったときのあんな充実感は初めてでした。
先月発売になった9枚目のオリジナルアルバム「FURUSATO」は、これまでとは明らかに違う完成度を持っている。ストリングスとの一体感や個々の曲の世界。二人が織りなすハーモニーの美しさ。はつらつとした若さの代わりに大人になることの痛み悲しみも備えている。まさに「ゆず」であり、新しい「ゆず」だ。
北川 でも、前作を超えるアルバム、みたいな作り方でもなかったんですね。シングル一曲一曲に自分たち自身を超えていく、こんな感じ、じゃなく、今までやったことのないことや手を伸ばしきれなかったクオリティーにしようという、その積み重ねですね。
岩沢 今回は、すごく“近い”と思うんです。等身大という言葉を借りるなら、すごい等身大。背伸びも若づくりもしてない。大人であるけどベテランでもなく子供でもない。32歳のゆずが作りました、というアルバムですね。
神奈川出身の2人が歌う「FURUSATO」。“故郷”でも“ふるさと”でもないのはなぜなんだろうか。
北川 “ふるさと”っていう言葉は強いじゃないですか。生まれ育った故郷、というだけの“ふるさと”にはとらわれたくなかったんですね。僕らが歌い始めた松坂屋さんという場所もなくなって、昨年父が亡くなった。尊敬する(忌野)清志郎さんも。人は亡くなっても、心の中にあり続ける。“ふるさと”もそういうもんだと思うんです。アフリカの難民キャンプで音楽を聴いた時に感じた懐かしさ。音楽というもの自体が、“ふるさと”みたいなものかもしれない。それを表現するには、漢字やひらがなだと間口が狭すぎたんですね。
ここから始まる。そしていつかここに帰ってくるアルバム、と二人は言った。30代の傑作が誕生した。
2009年10月30日
〈田家秀樹 プロフィル〉