キーパーソンインタビュー:「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く

2015年03月10日

5枚目/8枚中

「いちえふ」2巻より

 東京電力福島第1原発(通称「1F」=いちえふ)で作業員として働きながら漫画を描き続ける竜田一人(たつた・かずと)さんの原発ルポ漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」(講談社)の2巻が発売された。以前は「2巻くらいで終わりかな」と語っていた竜田さんだが、2014年も1Fで働き、「全然、(紙幅が)足りなくなってきた」と連載を続けている。竜田さんにとって、1Fの風景はどう変わったのか。描き続けることで心境の変化はあったのか。見えてきた「いちえふ」らしさとは。ロングインタビューでお届けする。【聞き手・石戸諭/デジタル報道センター】

 ◇「私の目から見た『福島の現在』を伝えたい」

 −−「いちえふ」2巻では、竜田さんが漫画を描くことになる12年末までの1Fでの作業を軸にしながら、14年の福島の姿も描かれています。以前は「2巻くらいで終わりかな」と話されていましたが、まだまだ続きそうですね。

 竜田さん そうですね。描いているうちに全然、足りなくなってきました。2巻あれば、12年までは終わると思っていました。漫画にも描きましたが、新しい現場に足を踏み入れることができたことが大きいです。14年7月から1カ月弱、さらに10~12月にかけて1Fで働くことができたのです。そこで、またいろんな経験ができました。作業については現在進行形の話が多く、どう描くかはまだ決まっていません。でも、連載は続けていきますよ。

 12年までの話は2巻までで、かなり描けたと思います。

 開通したばかりの国道6号を縦断したり、ボランティアで行った仮設住宅やいわき市内のライブバーで歌を歌ったり、(この時、実際は愛知県産でしたが)いわき市の名物・メヒカリを食べたり−−。そんな私的なエピソードも描くことができました。連載中の感想でも「面白い」と言ってもらえたのがうれしかったです。震災や原発という人によっては重いテーマの話なのに、読んでもらえて、なおかつ福島に関心を持ってもらえる。これはありがたいことです。

 担当編集者の講談社・篠原健一郎さん 少し、補足させていただくと、この巻では本当にありがたいことに「週刊モーニング」読者のアンケートでも人気があった話を盛り込むことができました。国道6号のエピソード(第14話「(Get Your Kicks On)Route6!」)や1Fの現場から離れる話(第15話「アイル・ビー・バック」)は特に人気がありました。原発問題に特別な関心がある読者だけでなく、そうではない普通の漫画好きからも評価されるようになったのが2巻の特徴かもしれません。

 竜田さん 原発事故も発生から4年が過ぎ、原発関連のニュースや番組は追っている人はどこまでも追っているけど、もう関心がないよという人もいます。福島のイメージが震災後、固定されてしまったという人も少なくありません。そこまで「関心はないよ」という人たちにも、私の目から見た「福島の現在」を伝えることができればいいな、と思っています。

 ◇変わった3号機の姿

 −−14年の作業で1Fの変わったところ、印象に残った風景はありますか?

 竜田さん 印象的なのは3号機の姿です。1巻の表紙と大きく変わっていました。12年も作業の進捗(しんちょく)が見えて面白いと思いましたが、14年は3号機の姿が大きく変わっていました。少しずつでも廃炉に向けた作業が進んでいるなと思えて、単純にうれしかったです。12年の作業中に「2年後には3号機内で作業ができる」と言われても、無理だと思ったでしょう。日々のニュースでは汚染水問題が中心に報じられることが多いのですが、現場の作業は(12年当時の)私が思っていた以上に、進展しています。

 構内の風景も大きく変わっていました。まず緑が少なくなりました。中央分離帯にあった草木が切られていましたね。これはちょっと寂しいとおもいました。

 作業員の環境も変わりました。12年に私が働いていたときはJヴィレッジでタイベック(防護服)に着替えて、1Fまで向かっていました。今は入退域管理棟というのが1F正門付近にできて、構内ぎりぎりのところまで普通の作業服で行けるようになりました。そこで、APD(警報付き個人線量計)の貸し出しや着替えをします。

 つまり、構内の放射線量や汚染もがれきの撤去や除染作業で2年前に比べて低くなったということです。1Fの中に入る時点で初めてタイベックを着ますし、1Fの中でも場所によっては防護服を着ないで、普通の作業服で移動できます。劇的な変化は無いですが、少しずつ状況は動いています。

 14年の作業内容について今はあまり詳しくは言えないのですが……。いずれ、漫画で描くときのお楽しみということにしておいてください。

 −−2巻では家探しの苦労など1Fの現場以外でも苦労された様子が描かれています。今回の作業で、住環境は改善されたのでしょうか?

 竜田さん これはどこの下請け会社で働くかによるので一概には言えませんが、私が働いた環境は良くなりました。

 住居については、働いていた下請け会社を私が変わったことが本当に大きいですね。私も1Fの中で移籍交渉をして、下請け会社をうまく移ることができたのですが、実際に移れるかは運次第。良い環境を求めていろんな人に声をかけておきました。

 その結果、下請けを変えられたので漫画にあるように一軒家におっさん十数人が一緒に住むということはなく、1人で住める宿舎も確保することができたのです。おかげで1Fで働きながら連載原稿も仕上げることができました。2巻の中には1Fで働きながら描き上げた話もあるんですよ。現場までは相変わらず、相乗りで車を走らせました。移動についてはあまり環境は変わっていないですね。

 ◇「技術の伝承、実践的なノウハウは現場でないと身につかない」

 −−竜田さんが初めての高線量の現場での作業で無意識のうちに恐怖心を持っていたのではないか、という描写もありました。

 竜田さん 多少、漫画的な表現をしていますが、自分では「放射線についての知識も勉強したし、この現場だったら大丈夫」だと思っていたのですが、恐怖感もあったのかもしれません。それでマスクを締めすぎて、頭が痛くなってしまったのかもしれないですね。それだけでなく、建屋内の作業は集団行動が原則です。自分が足を引っ張りたくないと、いつも以上に万全を期す、という意識もあったのかな。

 いずれにしても建屋内の作業でヒュヒューイとAPDの警報音が鳴り響くのはあまり気持ちがよいものではありません。「このくらいの被ばくなら影響はでない」と頭で分かっていても、やっぱり嫌な音ではあります。一方で、矛盾するようですが、これだけ鳴るような高線量の場所で働いているという自負も出てきました。

 1巻では原発内の休憩所で働いていたのですが、そこではそんなに被ばく線量が高くなることはないのです。言ってみれば、後方支援的な作業ですよね。大事な仕事なのですが、建屋内から帰ってきた作業員を見ると「あの人たちは、高線量の現場に行って廃炉のために頑張っている。一方で、俺は……」と思うこともありました。やっぱり建屋内の作業ができた、というのは単純に達成感もありました。自分の手で直接的に作業に携われるよろこびですね。

 現場に出て自分の手でネジ1本締めるだけでも、あそこに工事にかかわれたという気になります。実際に、長く働いている職人さんは手際も本当に良い。背中を見ながら、すごいなあと感じることがたくさんありました。漫画の中で現場の描写が「アーク溶接」だとか、「ビード」(溶接部分で波のような跡になっている部分)の出来がどうとか、細かい作業中心になっていますが、そこのすごさを自分が感じていたのでしょうね。元々、こうした作業は好きだからだと思いますが、この人はすごいなあと思う人にどうしても目がいってしまう。細かく観察してしまいました。

 それだけでなく、細かい作業は職人さんたちの腕によって微妙な違いがでてきます。腕が立つ人なら早く片付く作業も、慣れない人がやると遅くなる。高線量の現場では大野さん(作品中のベテラン作業員)のモデルにした人たちも、すぐにそれぞれの会社で定める年間の被ばく限度量(「いちえふ」によると、ほとんどの会社は年間20ミリシーベルト以下で設定している。基準に達すると4月1日にリセットされるまで1Fでの作業はできない)に達してしまう。

 そうすると、その作業を大野さんたちはできなくなってしまい、代わりの人がやることになります。大野さんは別の現場を探して食いっぱぐれることは無かったのですが、高線量の現場に行って食いっぱぐれることになってしまっては元も子もない。現状、働ける日数はかなり限られています。これだけでは日々の暮らしで食べていくことができません。ベテランの作業員ほど腕は立つけど、高線量の現場では線量を気にすることになります。

 被ばくを避けたい切実な理由は、高線量現場で働ける日数が限られるからです。場所によっては1日1ミリシーベルトに達することもありますからね。

 代わりに来る人の腕が立てば問題はないのですが、みんながみんな腕の立つ職人ではないのはどこの世界でも一緒です。高線量の現場ほど経験が必要なのですが、職人確保は難しくなっています。原発特有の作業についても技術の伝承や実践的なノウハウは現場でないと身につけることはできません。何らかの対策は必要です。ここが現場最大の問題と言ってもいいと思います。

 私も昨年、1Fに行った時で既に高線量現場経験があるという理由で現場リーダーをやりました。少し出世とも言えますが、一緒に行った仲間の中には「1Fが初めて」だという人もいたのです。経験者も増える一方、未経験者も新規に入ってきているので経験の有無が重視されているとも言えますね。

 ◇高線量の現場「少し慣れてくるくらいが怖い」

 −−そんな中で、現場に慣れてきたと感じたことはありますか。

 竜田さん そうですね。慣れてよかったというより、慣れてきたための失敗があります。

 現場では無駄な被ばくや放射性物質による汚染を避けることが大原則です。しかし、私も慣れてきたせいか、少し注意が足りずに汚染を避けることができなかった。

 例えば靴下のはき方、靴の脱ぎ方一つとっても注意が足りなかったなと思うこともありました。現場の靴は履き回しです。靴の脱ぎ方が悪い人がいると、靴の中に放射性物質が入り、靴下に付着します。慎重な人は靴下の上からビニール製の靴カバーをするのでいいのです。でも、私は靴下が二重だったのと、ビニールで蒸れたり、踏ん張りが利かなくなったりするのが嫌だったので、付けていませんでした。そうしたら、案の定、無駄な汚染が出てしまった。汚染防止は大事。注意が足りないと指摘されても反論できません。慎重に避けるべきことであり、恥ずかしいですね。

 何事も少し慣れてくるくらいが怖い。高線量の現場であることを怖がって用心しているくらいでちょうどよいと思います。「絶対に無駄な被ばくはしたくない」という作業員もいますからね。

 −−作業員の中にもいろんな考え方がある、と。

 竜田さん そうなんです。ちょっと話はずれるかもしれませんが、作業員の中でも「東京電力がホールボディーカウンター(WBC)の値を低くしている」といううわさが出回って、本当に信じている人もいるんです。私は実際に自費で他の病院のWBCで検査したのですが、そんなことは無かった。うわさはうわさにしかすぎないのです。

 1Fで働いているからといって、みんながみんな放射線や被ばくについて正確な理解をしているわけではないというのが面白いところです。案外、調べないで現場に来る人が多い。つまり、仕事なんですね。そこに仕事があるから来ている。勉強してから来るというのは珍しいかもしれませんね。

 ◇福島への愛着「人を通じて深まってきた」

 −−最初の話でも出ましたが、2巻では国道6号開通とか福島の話も多いですよね。竜田さんの福島への思いが、「思い出の町」以上に深まっているように読めます。

 竜田さん なるべく最近の話を入れようとしたので、(昨年秋に)一般車で走れるようになったばかりの国道6号を縦断した話を盛り込みました。漫画の中の時間の流れは少し無視して、事故から1年数カ月の1Fだけでなく、14年の周辺状況だったり、食事だったり、地域の話も入れたかったんですね。そうしないと、せっかく14年に福島に行ったのに、リアルタイムの話を届けられない。

 「ここは俺が住んでいたところだ」「懐かしく思いました」という感想もいただきました。皆さんもお時間があれば6号を車で走ってみてはいかがでしょうか。誰も住んでいない街並みを通るだけで感じるものはあります。

 私の場合、愛着は人を通じて深まっていきました。福島では人の出会いに恵まれました。どこの土地にも良い人もいれば悪い人もいるっていうのは分かっているんだけど、福島で出会った人は良い人ばっかりだった。弾き語りをしたライブバーのマスターも良い人だし、家探しを手伝ってくれた人も……。こういう人たちとの出会いがあったから、見知らぬ土地にもかかわらず、通っているうちに勝手に「あっちがふるさと」と感じるようになったのでしょう。

 漫画で「酪王カフェオレ」(福島県の名物カフェオレ)を取り上げたら、今では読者から「これも飲んでみてください」「食べてください」という反応をたくさんいただきました。そうそう、地元産のメヒカリも食べたいですよね。

 ◇鼻血描写と「いちえふ」らしさ

 −−あえて振り返っておきたいのですが「美味しんぼ」との関連で原発事故と「鼻血」の描写についても「いちえふ」が話題になりましたね。このとき、竜田さんがツイッター上で珍しく意見を表明していました。この理由を教えてください。

 竜田さん 前回のインタビュー(毎日新聞のニュースサイトで5月22日掲載)でも話しましたが、私が作業中に鼻血を出した作業員を見たのは本当です。それを見て、作業員同士で話したこともあった。でも、それをどう漫画で描けるのか。なかなか、答えが見つかりませんでした。あえて描こうと思ったこともありましたが、それが「いちえふ」でやるべきことなのか、と考えた時にそうではないと思いました。

 そこで、(「美味しんぼ」と)対比されたりするのも少し違うなあと思っていました。描写についても実際に何について悩んでいたのか。うまく伝わっていないかもしれないなあという時もあります。

 「いちえふ」は説明的な漫画ではないし、何かの目的のためにメッセージを込める漫画ではない。何かに反論したり、「美味しんぼ」の騒動に影響を受けたような形で描いたりしてもよいものには仕上がらない。あくまで私が見たものを漫画に落とし込んだものですから。

 一言で「見る」といっても、いろんな作業員と付き合って初めて「見えてくる」ものがあります。実際に働いて、見てきたことを凝縮しています。ぱっと見るだけでなく、いろんなところをしつこく「見てきた」ところをベースにしている。私自身の関心の高低もあります。強く印象に残っているものなら掘り下げて描けますが、鼻血の話は正直「ああそんなこともあったな」程度にしか覚えていませんでした。「美味しんぼ」の騒動があったから思い出したようなものです。

 これだけの材料で漫画にするには無理があります。無理して描くと、そこだけが切り取られ象徴的なエピソードして取り上げられてしまう可能性もあります。「いちえふ」のトーンにあわせて、いつも通り描けるなら描きますが、そのためだけに別のトーン、これまでと違う回にしてしまうと、作品自体が変わっていってしまう恐れがあります。そこが最大の悩みどころでした。結果的に描かなくて良かったと思っています。

 −−「いちえふ」がどういう漫画なのか。基本的な性格にかかわる話です。

 竜田さん そうですね。描かなかった話ですが、「いちえふ」らしいエピソードだと思います。「いちえふ」は科学や医学を語る漫画ではありません。事実を積み上げて描く漫画です。描くに足る事実がそこまで積み上がっていないなら、単純に描けない。ふわっと覚えているくらいの話ですからね。どのエピソードを描くかは、私と編集者と相談して決めます。いつも、一番大事な論点は自分が経験したエピソードが漫画として成立するかです。

 「いちえふ」は私の目線を通したものでしかありません。1Fのすべてを描いているものでもない。まして原発や福島県、浜通り−−といった全部の論点を包括して描く漫画ではない。

 例えば、2巻では構内でメディアや東電社員の女性を見かける機会が増えた、という描写があります。これは少し表現方法を批判されたのですが、私にとっては大きな変化なんですよ。当初は見かけなかった女性が線量も低くなり、姿をみるようになった。男ばかりの男子校的な世界に若い女性も取材に来るようになったのを作業員が喜んでいる、というのは本当なのです……。が、人によっては「品がない」と思われたかもしれません。でも、これが私の見た「いちえふ」だから、曲げて「品の良い世界」にはできなかった。

 「いちえふ」はこういう漫画だと思ってもらえるとありがたいです。

 ◇2巻は「軽く描けるようになってきた」

 −−漫画家として腕が上がったという実感はありますか。

 竜田さん 自分では何とも言えないですけど、1巻はある意味、漫画というよりも、報道寄りの「ルポ」として読まれた方もいたと思います。私自身も見てきたことを描かないといけない、と力が入っていました。

 当時の報道とは違った視点、1Fの作業員目線で描く。日常の視点で描きたいという意欲がありました。知られていない、姿を出したいという気負いもあったかな。イメージを覆そうみたいなものが意識の底にはあったと思います。力を抜くことを意識していた時期もありましたね。

 2巻では本当の意味で力が抜けてきたと思います。力を抜いて軽く描こうと思わなくても、軽く描けて、それが普通になった。

 タイトルの付け方も遊んでいます。私の趣味であるギターの弾き語りの話も入れたりと自分の話もかなり描いています。原発や震災を身構えて考えないといけない、と思っている人にもぜひ手に取ってほしいです。

 篠原さん 編集者の目から見ると、漫画家として連載を重ねるごとにうまくなっていますし、全体的に読みやすくなっています。1巻の1話目は時間もかけているし、背景も人物もものすごく描き込んでいます。大変な力作で情報量も多いのはわかるのですが、そこが取っつきにくい印象も与えるかもしれません。2巻は気軽に読める話が多くなっています。「いちえふ」らしいというか、竜田さんらしい内容になっているのかな、と。これは重そうで読めないなと思った方も、2巻のほうが入りやすいと思うので、ぜひ読んでみてください。

 ◇「記録」を意識

 −−描き続けることで変わったな、と思うことはありましたか。

 竜田さん 漫画を描きながら、今は自分の役割として「記録」という面を意識しています。原発や福島に関する情報も適度に盛り込みながら、ちゃんと漫画として読めるようにコマ割りやセリフの長さも意識しています。漫画という手段でしか残せないことをやりながら記録していきたいですね。

 −−記録は確かに竜田さんの役割ですね。12年は「売れない漫画家」。描けるかどうかわからない立場ですよね。週刊モーニング掲載の最新話でも描かれていますが、持ち込み原稿も何度か断られています。14年は「いちえふ」の竜田一人として入っています。記録者としての視点が1巻とは違ってしまうのではないですか?

 竜田さん 幸い、描いたら載るという立場になりました。確かに漫画を描くという意識は前より高くなっていると思います。そこは否定しません。

 しかし、実際に働いてみると、やっぱり、夢中になってしまう。14年の作業も面白い話はいっぱいあるし、描く意義はあると思います。普通の人はできないと思うような経験がおかげさまでたくさんできました。作業が進んでいるし、早く描きたいこともあります。少し、工夫しながら年末くらいに3巻がお届けできるかな。最初との比較をしながら、構内の変化も漫画で表現できたらと思います。

 この前もお話ししましたが、原発の廃炉作業は巨大な工事現場です。廃炉のために建設するものもあるという、ちょっと変わった現場ですけど。そこに働いている人がいるというのは変わらない。この人たちと付き合いながら、理想としてはこのままずっと、働きながら、その都度ためた話を描いていきたい。

 −−今後、作業が進むと「いちえふ」の描き方は変わってくると思いますか?

 竜田さん 基本的なトーンは変わらないと思います。しかし、作業が進んでいけば、いずれは全体の状況とリンクして漫画を描いていくことになると思います。今のように細かい作業を描くだけでなく、自分の作業が全体の廃炉作業のなかでどこに位置付けられているのか。この先、どのように進展するのか。私の目からみた全体像も描けるのではないか、という気もします。原発周辺の地域の復興や廃炉作業の進捗も漫画の中で描きたいという思いは強まっています。

 −−最後に読者の方に一言いただけますか。

 竜田さん どこを読めとか、何を訴えたいというのは作者があれこれ言うことではないと思います。まずはお手にとっていただいて、私の目から見た1Fの現場、福島の姿を好きなように読んでいただければうれしいです。普段、原発のニュースに接していない人も、これを読んで頭の中の情報が更新されたらいいな、と思っています。

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