幸せの学び:<その129> 黒板絵は残った=城島徹

2015年06月09日

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写真集「黒板絵は残った」の表紙

 「みなさん、休み時間、黒板に描きたいものを自由に描いていいですよ」。教師の聖域だった黒板の開放宣言に山村の小学1年生たちはワーと歓声を上げ、一斉に描き始めた。それは終戦から7年半、昭和28年春のことだった。日本がまだ貧しかった時代、その教師は子どもたちの背中をやさしく見守り、白墨の落書きをカメラに収めた。

 落書きは、子どもたちの入学から3年生を終わるまで、作者の子どもの名前、日付と合わせて記録された。撮影したのは、長野県の旧会地村(現在の阿智村)の村立会地小学校の担任で写真家、童画家として活躍した熊谷元一さん(1909~2010年)だ。

 その貴重な記録が60年余りの歳月を経て写真集「黒板絵は残った」(D文学研究会刊)として5月末、世に出た。当時の教え子の一人で熊谷さんから生前にネガを託された日大芸術学部講師の下原敏彦さん(68)が編集した。

 ダチョウのような鳥を投げ縄で狙う人物が幻想的に描かれた「大きな鳥をとる狩人」、三つの目と口の「ふんせんお化け」、バスが走り、飛行機、ヘリコプターが飛ぶ「乗り物がいっぱい」、アドバルーンが浮かぶデパートを描いた「町に行ってきました」……。授業が始まる前、数分間で消える命の貴重な作品が残されていたのだ。

 1年生の絵に解説が記されている。「画用紙に描くのとちがって直せるという安心からだろうか、大胆なのびのびした絵が多く、こどもたちは好きなものを自分でいいと思うまで描く」。だが子どもたちも成長する。やがて絵は見せることを意識して独創性が失われていき、3年終了時には子どもたちは落書きに興味をもたなくなったという。

 これらの黒板絵は絶賛された写真集「一年生 ある小学教師の記録」(岩波写真文庫)にも一部が収録されているが、多くは眠ったままになっていた。生前、熊谷さんは半世紀以上前も前の落書き写真を並べてつぶやいた。「おもしれえと思うんだが……」

 それを聞いた下原さんには特別な記憶があった。吃音(きつおん)のため話すことも勉強も運動も嫌いだったが、黒板に描いた「てんぐの怪獣」を見た熊谷先生が「おまえさんの黒板絵はたいしたもんだ」とほめてくれ、その一言が「人生の励まし」となったのだ。

 写真集刊行に合わせ、日芸アートギャラリーで「写真家 熊谷元一」展が開かれ、その会場で下原さんは「黒板絵は人生の応援歌でした。最後の宿題がようやく終わりました」と語り、5年前に101歳で亡くなった恩師をしのんだ。【城島徹】

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