毎日ジャーナリズムとは

 私たち毎日新聞は、「開かれた新聞」をめざし、さまざまな事実を発掘し、それを速やかに伝えながら、読者とともによりよき社会のあり方を考えていきます。「毎日ジャーナリズム」は、読者とともに時代の創造に貢献することを理念としています。

 毎日新聞は日本に現存する最古の日刊紙です。

 毎日新聞の前身である東京日日新聞は1872(明治5)年2月21日に創刊されました。創刊号は、1枚紙の木版印刷、黒とセピア色の二色刷りでした。全文1239字。1部の値段は140文、現在の価格に直すと2千円程度だとされています。

 その後、東京日日新聞は大阪毎日新聞と合併し、現在の毎日新聞になりました。日本屈指の全国紙として、戦中戦後を通じ日本のジャーナリズムの先頭に立ってきました。

 1976年に始まった毎日新聞の看板コラムの「記者の目」は、新聞の常識を破った画期的な取り組みとしてジャーナリズム史の記念碑とされています。当時は記者の主観や見方を排除した形の「客観報道」こそが新聞の信頼性を担保するものだと考えられていました。もちろん、報道は、客観的事実をきちんと確認し合理的な文脈に沿って記事を組み立てます。毎日新聞はそこに「筆者が誰か」を明らかにすることにより、記事の信頼性をより高めることができると考えたのでした。

 第1回の記者の目は、岩見隆夫記者のロッキード事件の記事です。これ以降、記者が主張や提案をするだけでなく、記者同士の論争という形で新しい形の報道を追求していきます。マリフアナはたばこより害は少ないから認めてよい、いやとんでもない。環境保護のためクジラは捕獲するべきではない、それこそとんでもない。記者同士が意見をたたかわせながら読者とともに考えるという画期的なスタイルを打ち出しました。

 1989年には、逮捕された人物を呼び捨てにしていたそれまでの報道を改め「容疑者呼称」の採用に踏み切ります。日本の新聞として初めてのことでした。当時、一部の報道は、集中豪雨のような犯人視報道として批判を浴びていました。しかし、どの新聞も改革にちゅうちょする中、毎日新聞が「推定無罪の原則」を報道にも生かそうと決断したのです。この年の11月に毎日新聞が容疑者呼称を実施すると、翌月にはすべての新聞がならいました。

 1996年には「記者の目」の取り組みをさらに進め、「記事の原則署名化」を実現しました。毎日新聞に続く形で、現在は多くの新聞が署名化を進めています。

 2000年10月、政府がメディア規制を進める中、その危険性を告発するとともに、自らの報道をチェックする姿勢を示すために、新聞界初の第三者委員会「開かれた新聞」委員会を創設しました。今も選任された委員のみなさんが毎日新聞の紙面についてさまざまな指摘を行っています。毎日新聞に続いて他の新聞各紙も同様の第三者委員会を設置するようになりました。

 毎日新聞は、記者の個性を生かしながら、読者と共感し合い、社会から広く信頼される「開かれた新聞」を、きょうもつくり続けています。