ものがたりに出会う旅

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「放浪記」 広島・尾道 初恋の花の命に涙雨<文と写真・手塚さや香>

線路を背に建つ芙美子像。ほおを伝う雨が涙のように見えた
線路を背に建つ芙美子像。ほおを伝う雨が涙のように見えた

 ◇林芙美子が少女期を過ごした「旅の古里」/彼と散策した千光寺山/静かな町、人、海に安らぎの時

 「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない」。林芙美子の自伝的小説「放浪記」の冒頭の一節が気になっていた。放浪者を自認する芙美子なのに、この作品には「旅の古里」への思いが頻繁につづられる。彼女が焦がれた古里とはどんな場所なのか。芙美子が若い日を過ごした広島県尾道市へと向かった。

 JR尾道駅に近づくと、列車の左の車窓に、無機質な金属の骨組みが現れる。緑色に見える尾道水道と造船所のドック。80年前の「放浪記」の描写そのままだ。

 「放浪記」は、東京の雑踏で職を転々とし恋愛を重ねる日々の記。東京の記述は感情の起伏が激しく動的だが、尾道を恋しがるくだりは湿り気のある哀愁を帯びる。芙美子が関東大震災に被災した直後に赴くのが尾道なのも、この地への思いの表れだろう。

 「海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい」。駅近くの商店街の入り口に「放浪記」の一節を彫った石碑と芙美子の像があった。あいにくの雨。像のほおを筋状に伝わる水滴が涙のようだ。

千光寺山中腹から見える尾道の街と海
千光寺山中腹から見える尾道の街と海

 商店街には、芙美子が行商で生計を立てる義父、母とともに家を転々とした「うずしお小路(しょうじ)」が残る。細い路地に2階建ての家や店が並ぶ雰囲気は当時とさほど変わらないと地元の人は言う。突き当たりは岸壁。家族が一時期暮らした部屋も見られる。「喫茶 芙美子」の裏手。当時しょうゆ店だった家の2階、5畳ほどの日本間だ。

 喫茶店内で、芙美子の研究家、清水英子さんの本「林芙美子、初恋・尾道」を手に取った。初恋の人との出会いは14歳の時。高等女学校を卒業した芙美子は彼を追って上京するが、親の反対にあった男性は帰郷する。残された芙美子は作家を目指し、一人生きていく。

芙美子一家が身を寄せた家の前に立つ小森さん夫妻
芙美子一家が身を寄せた家の前に立つ小森さん夫妻

 喫茶店を営む小森敏博さん(58)、マリ子さん(59)夫妻が「店の斜め向かいから山側に向かう陸橋が、2人の出会いの場所」と教えてくれた。千光寺山が目の前。緑に包まれた急斜面に、民家がへばりついている。

 翌日は晴れた。千光寺山頂を目指す。小一時間の道中は、くねくねとした細い路地、まっすぐ延びる長い階段と実にさまざまな表情を見せる。振り返る度、眼下に見える海が広くなる。日光を受けて輝く尾道水道を、大小の船が行き来する。

 文学記念室や千光寺を経て足が重くなったころ、展望台が見えた。芙美子と初恋の人も、当時の展望台でデートを楽しんだそうだ。

 尾道に住み研究を続ける清水さんに会った。「初恋の人が芙美子の詩をほめ、尾道の教師らが才能を見いだしたことが、彼女に文士として生きようと決意させたのです」と清水さんは言う。

 自分の存在を認めてくれる人たちの住む場所が、芙美子にとっての「旅の古里」だったのだ。小さくて静かなこの町が、とても優しげに見えた。

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 ■メモ

 尾道へは、山陽新幹線を利用、福山で山陽線に乗り換え。

 「喫茶 芙美子」(0848・20・1157)の店舗奥の林芙美子旧宅は、営業時間中、一般公開されている。芙美子の直筆原稿や写真を展示しているほか、年末から09年1月にかけ、林芙美子生誕105年にちなんで「芙美子が愛した音楽と駆け抜けた時代」をテーマにしたイベントを計画中。

 千光寺山展望台へは尾道駅からバスで5分の長江口で下車、ロープウェイ山麓(さんろく)駅から山頂駅まで約3分。徒歩ルートはいくつもあるが、どれも坂や階段が急こう配。頂上周辺の千光寺公園内には、林芙美子や志賀直哉、山口誓子ら文人の句や文章を刻んだ石碑が点在する文学のこみちなどがある。芙美子の遺品も展示されている文学記念室(0848・22・4102)は12~2月の火曜と年末年始休館。

2008年10月2日

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