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選抜高校野球

釜石初勝利 亡き仲間と送る声援

 ○釜石(岩手)2−1小豆島(香川)●

     21世紀枠の出場校同士の対戦となった第88回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催、朝日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)第2日の21日の第1試合。来春に島内の学校と統合する小豆島(香川)は、島出身の音楽家による新曲を2校の生徒らが合同で演奏。アルプス席が一丸となった応援で選手を後押しした。釜石(岩手)のスタンドでは、東日本大震災で家族や友を亡くし、復興を進める人たちが球児に声援を送った。記憶に残る21日の甲子園は、新しい歩みを踏み出す場にもなった。【センバツ取材班】

    ユニホーム掲げ、後輩見守る

     20年前のセンバツに釜石南(現・釜石)として出場した野球部OB会長の小国晃也さん(37)は、試合開始と同時にアルプス席でユニホームを高々と掲げた。「KAMAISHI MINAMI」と校名が入った白い上着は、2011年の東日本大震災で、32歳の若さで亡くなった宮田豊さんの遺品だ。「後輩たちが戦うぞ」と亡き友に語りかけた。

     甲子園に初出場した1996年春、小国さんは三塁手として試合に出たが、1回戦で米子東(鳥取)に7−9で惜敗した。チームのムードメーカーだった宮田さんは、スタンドで声を張り上げた。夢のような舞台に、みんなで興奮した。

     宮田さんはその後、岩手県釜石市で運送会社を経営。5年前の震災で津波に流された。遺体で見つかったと知った小国さんだが、「死んだとは思えない」と、今も受け入れられないでいる。

     野球部OBらは、お盆の頃に宮田さんらを追悼する試合を開いてきた。仲間で飲むときは、宮田さんのお酒も注文してテーブルの真ん中に置く。「みんなに愛されていたな」と宮田さんをしのび、「あの時は惜しかった」と甲子園の思い出を語る。釜石の21世紀枠での出場が決まり、「一緒に連れて行こう」と宮田さんの実家からユニホームを借りてきた。

     小豆島(香川)との試合は仲間10人でスタンドに。粘り強く戦う後輩たちに声援を送った。小国さんは「後輩思いだった宮田も喜んでいると思う。連れて来てくれてありがとう」と、甲子園初勝利に感謝した。【藤井朋子、尾垣和幸】

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