メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

スポーツナビでもっと見る
第89回選抜高校野球

多治見、初の夢切符 「21世紀枠」学校に歓喜 /岐阜

21世紀枠でのセンバツ出場が決まり帽子を投げて喜ぶ多治見の選手たち=県立多治見高校で、兵藤公治撮影

 <第89回センバツ>

     一足早い「春の便り」に歓喜に沸く選手たちの帽子が空高く舞った--。第89回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の選考委員会が開かれた27日、県立多治見高校(多治見市坂上町)が21世紀枠での出場を勝ち取った。春夏通じて初めての甲子園出場を決めた選手たちは“憧れの地”でプレーできる喜びをかみしめ、「甲子園1勝」の目標に向かって決意を新たにした。開幕は3月19日、組み合わせ抽選会は同10日に開かれる。【小林哲夫、沼田亮】

     午後3時過ぎ、校長室に吉報を知らせる電話が鳴った。土本泰校長(59)は「はい、はい。ありがとうございました」と答え、受話器を置くと、一緒に待機していた高木裕一監督と丸山真野球部長に「いま伝達がありました。21世紀枠として決まったと言われました」と伝え、3人でがっちりと握手した。

    多治見高校のセンバツ出場決定の号外を受け取る生徒たち=多治見高校で

     土本校長は「インターネットを見ていて評判が良かったので、もしかしたらと思っていた。生徒たちが頑張ってくれたおかげ。良かった」と表情を緩ませた。高木監督は「感極まった。地域の人たちにありがとうと言いたい。楽しみに待っている生徒たちに早く知らせたい」とはやる心を抑えた。

     会議室で待つ選手たちに報告に向かう直前、校長室に古川雅典市長が突然訪れて祝福。「甲子園出場の夢をかなえるだけでなく、初戦を必ず勝ってください。20年間、ずっと応援してきました」と土本校長と笑顔で握手を交わした。古川市長は「本庁舎と駅北の立体駐車場には、もう懸垂幕を掲げた。バロー文化ホール(市文化会館)にも張り出します」と声を張り上げた。

     校内では「21世紀枠に選ばれました。本校始まって以来の初の快挙です」と校内放送が流れ、校舎のあちらこちらから「イエーイ!」「やばい!」と歓声がわき起こった。土本校長は選手たちに「連絡を受け、お受けすると答えた。“甲子園で勝つ”を合言葉にさらに精進してください」と激励。高木監督も「なせば成ることを実践した。地域に愛される魅力ある野球部だ。おめでとう。そしてありがとう」と言葉をかけた。校舎には毎日新聞社が用意した懸垂幕が掲げられた。

     佐藤昂気主将(2年)は「まずは1勝して校歌を歌いたい」と意気込み、河地京太投手(2年)は「甲子園出場が決まってほっとした。決まった以上は頑張っていきたい」と話した。

     選手たちはその後、サッカー部と共有するため校庭を半分に仕切った狭い練習場で記念写真を撮影し、帽子を空に投げ上げて全身で喜びを表した。

    堅守で躍進狙う

     チームは昨年の秋季岐阜大会で初優勝。秋季東海地区大会では準優勝した愛知県の至学館高に1-2で惜敗したものの強豪校と十分に渡り合える実力を見せつけた。

     守りの野球が持ち味。主戦・河地京太投手(2年)はスリークオーターからの最速130キロ台の直球と90キロ台のカーブを使い分ける。秋季岐阜大会の決勝戦では、被安打4、失点1の完投。秋季東海地区大会でも強力打線の至学館を4安打に抑えた。攻撃は犠打など小技を駆使しながら着実に走者を進め、得点につなげる野球が特徴だ。

    号外競うように

     ○…多治見高の甲子園出場決定が決まると、同校駐車場前では「多治見に春切符」との大見出しが躍った毎日新聞の号外が配られた。同校の甲子園出場までの歩みやこれまでの試合写真、学校紹介、校歌などが掲載され、居合わせた学校関係者や地域住民たちが競うように受け取り、紙面に見入っていた。


     ◆野球部創部から71年

    多治見高

     1923年に創立した多治見町立高等女学校が前身。48年に学校再配置に伴い3校が統合し、県立多治見高校となり、60年に校名を県立多治見女子高校と改称し女子校となる。80年に再び現校名に戻し共学化。全日制普通科と同普通科自然科学コースがある。野球部は、男子を対象に教育を実施していた旧制・多治見中時代の46年の創部。現在の部員はマネジャーを含め40人。夏の岐阜県大会の最高成績は2010年のベスト4。98年に就任した高木裕一監督は多治見市役所勤務。野球部OBは元阪急ブレーブスの梶本靖郎(引退後、憲史に改名)さん。

    毎日新聞のアカウント

    4月3日の試合

    話題の記事

    関連サイト