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第89回選抜高校野球

難病の妹へ、届け歓声 盛岡大付・林選手

智弁学園戦の六回裏、二塁打を放ち、拳を突き上げ喜ぶ盛岡大付の林一樹選手=津村豊和撮影

 <2017 第89回センバツ高校野球>

     第89回センバツ第6日の25日、第3試合に登場した盛岡大付(岩手)の左翼手、林一樹選手(3年)は、打席に入った際、原因不明の難病を抱える妹七海(ななみ)さん(12)の姿をスタンドに追った。けがに悩まされ野球をやめたいと思った時、野球ができる喜びを七海さんに気づかされた。「この大歓声、七海に届いているかな」。七海さんは目が見えない。智弁学園(奈良)を5-1で破って歓声が起こった時、林選手はそう思った。

     七海さんが生まれたのは、林選手が5歳の時。妊娠8カ月の定期検診で異常が見つかり、母美千子さん(50)は予定日より1カ月半早く出産した。すぐに障害があることが分かった。自力で呼吸ができず、足の関節は外れ、目も見えない。腸閉塞(へいそく)や水頭症で手術を繰り返し、小さな体にはたくさんの管がつながれた。「何が起きているか分からず、医師の説明も頭に入らなかった」。美千子さんは振り返る。

     原因を探ろうと遺伝子検査をしたが、原因も病名も分からなかった。

     集中治療室(ICU)の治療が1年に及んだある日、医師から「長くはもたない。家でみとってください」と告げられた。両親は大阪の自宅に七海さんを連れて帰った。

     林選手は自宅で初めて七海さんとじかに対面した。子どもながらに違和感を覚えたが、小さな妹を両手で抱き上げると吹き飛んだ。「なんて可愛いんだろう」。小学2年で野球を始めたが、両親が試合の応援に来るのは難しかった。林選手は文句を言うこともなく、できるだけ妹の世話をしてきた。

     中学1年の秋、疲労から左肘を剥離骨折。約半年間のリハビリを経て復帰したが、今度はボールが当たって顎(あご)を骨折した。「なんでこんな思いをしないといけないのか。野球をやめたい」。投げやりになって父和徳さん(51)に当たると諭された。

     「諦めるのは早くないか。五体満足で野球をやれていることに感謝しろ」。目が覚めた。

     リハビリに耐えて中学3年の春に復帰。関口清治監督(39)に「欠かせない選手の一人」と評価されるまでに成長した。

     この日も七回裏2死満塁から、試合を決める2点適時打を放った。七海さんとアルプススタンドを訪れた美千子さんは息子の背中を見つめ、「妹の世話で我慢させた部分もある。のびのびとプレーする姿を見てうれしい、の一言です」と話した。【小鍜冶孝志】

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