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高校野球・新世紀

第2部 少子・格差時代に/2(取材後記) 15歳で親元離れ 胸の奥には「郷土」

松山聖陵の荷川取監督(左)の前で打撃練習をする新城=2017年4月13日、愛媛県松山市の松山聖陵高で安田光高撮影

 昨年12月、育成会の大会を取材した際、中学卒業後に沖縄から出る選手に話を聞いた。当時浦添中学3年だった新城健太郎と本永大。本永は出る理由として「内地に行った方がいろんなチームと試合ができて、技術が磨ける」と答えた。一球児として純粋に挑戦したい気持ちからだった。

     2人の進学先は松山聖陵(愛媛)。前年夏には春夏通じて初めて甲子園に出場した。入部後に話を聞くと、新城は「いい選手が入ってきて、思った以上にレベルが高い。改めて来て良かったと思った」と喜んでいた。

     地元の選手がほぼいないチームを「外国人部隊」と皮肉る言い方がある。昨夏の甲子園ではあるチームに対して試合後、心ないヤジが飛んでいるのも耳にした。

     生まれ育った東京に郷土愛を感じない私にとって、確かに「おらが町のチーム」は魅力を感じる。ただ、15歳で親元を離れて野球で勝負しようとする心意気も、たいしたものだとも思う。

     新城は小学生の頃、けがで苦しんだ経験から将来は沖縄の子どもたちに野球を教えることを考えている。離れていても胸の奥には「郷土」がある。【安田光高】

    毎日新聞のアカウント

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