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高校野球・新世紀

第2部 少子・格差時代に/3(取材後記) 2度の回り道 野球人生も一つじゃない

高校時代の田中京介(左)=滋賀県東近江市で2014年7月1日。滋賀ユナイテッドで練習に励む田中(右)=滋賀県草津市で2017年4月14、田中将隆撮影

 独立リーグ・BCリーグ滋賀ユナイテッドの内野手・田中京介(21)と初めて出会ったのは、大津支局時代の2014年夏だった。滋賀学園の4番打者は巨体と打棒で注目を集めていた。プレーも魅力的だったが、「一度、高校をやめた」と口にしたことが印象に残っていた。

     それから3年。大学に進学したのは知っていた。なので滋賀ユナイテッドの選手リストの中に名前を見つけ驚いた。聞くと、野球の特待生として進んだ大学を中退。バイトをしながら独立リーグのトライアウトを受けたという。

     高校をやめ、大学もやめ。それでも野球の世界に戻ってきた。やめることには負のイメージがつきまとい、根性が無いとの評価につながる。田中も「またやめるんだろ」と冷やかされることがあるという。

     3学年で100人以上の野球部員がいた私の出身高校では、情熱を失いながら惰性で続ける部員もいた。周りの目を気にしてやめられず、野球を嫌いになっていく。私自身、そんな時期もあった。

     「野球をしている時が一番充実しています」。186センチ、110キロの恵まれた体格ながらあどけなさも残るの田中の物言いは真っすぐだ。2度の回り道をしながらも、今は日本野球機構(NPB)入りを目指して励んでいる。

     田中の選択が最良だったかは分からない。ただ、無理に続けることだけが、野球人生ではないとは思う。選手の一つの道として、成功を収めてほしい。【田中将隆】

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