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高校野球・新世紀

第2部 少子・格差時代に/3 挫折球児の再挑戦 回り道、いいじゃない

練習場所が限られる中、駐車場で素振りをするルーキーズのメンバー=浅妻博之撮影

 挫折した元高校球児が集まるクラブチームがある。「NPOルーキーズ」。愛知県知多市の廃校となった県立高校のグラウンドで、約20人の選手が毎日、野球の練習に励む。けんかや上下関係のトラブル、校則違反などで高校を中退した若者たちは、野球を通じて人生の再チャレンジを目指している。

 かつては野球エリートの道を歩んでいた元球児(18)は「普通の高校でやり直せるとは思えなかった」という両親の勧めでやって来た。小学校時代はプロ野球のジュニアチームで4番を任され、中学では東海地区の強豪ボーイズに在籍。一時、夜遊びに走って野球を離れたものの、強豪高校にスポーツ推薦で入学した。しかし、練習をサボったり、禁止の携帯電話を持ち込んだり。監督から「もう預かれない」と告げられ、1年で退学した。

 ルーキーズは2010年、夢や目的を失った選手らに、再起の機会を与えるべく結成された。高校卒業の資格取得の勉強をしながら、野球を通じて大学進学や就職の道を探す。独立リーグに進んだ選手もいる。

 ルーキーズに入って1年以上がたち、主将も経験した元球児は「自分のことばかり考えてきたけど、今は仲間の生活も支えないと。人生で一番、必死になれている」。将来についても考え始めた。「今度こそ自分で進路を切り開きたい」

 日本高校野球連盟の規定では、転校後1年間は原則として部員登録ができない。強豪校の引き抜きを禁止するためだ。

 独立リーグ、BCリーグの滋賀に所属する田中京介(21)は全国優勝をしたこともある名門校を2カ月でやめた。「チームになじめなかった」。中学時代の野球関係者に相談し、7月に滋賀学園に転入。翌夏の選手権大会予選に出場し、3年時には4番に座った。甲子園出場こそかなわなかったが、プロのスカウトの目に留まるまでになった。

 中学時代の田中を知る関係者は「性格が優しく、厳しい伝統校は合わなかった」と話す。他の高校からも誘いがあったことはほとんど知らされず、硬式チームの監督のアドバイスのまま進学。「自分に合うかまで考えなかった」と振り返る。現在の目標は日本野球機構(NPB)入り。「高校を途中でやめ、回り道をした選手でもプロで活躍できるところを見せたい」と話す。

 高校野球は一度離れると道は狭まり、再挑戦への壁は高い。それでも、諦めなければ夢をその手に取り戻すことはできる。【浅妻博之、田中将隆】=つづく

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