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高校野球・新世紀

第2部 少子・格差時代に/5止 親のリスクマネジメント 文武両道追い求め

慶大での野球生活まで見据えて野球に打ち込む選手。左から副主将の森野、主将の新美貫太=浅妻博之撮影

 甲子園が全てではない。そう考える選手や親は増えている。

 慶応(神奈川)で副主将を務めた森野壮真(3年)は、中学時代にシニアの日本代表に選ばれた経歴を持つ。進学の際には特待生の条件を付けた高校もあったが、大学とユニホームが同じ「KEIO」を選んだ。「大学や就職まで考えれば、ベストな選択」と判断したからだ。

 慶応の部員は100人を超える。甲子園を狙えるだけでなく、事実上、慶大に進めるのも魅力の一つだ。

 高校では2003年から推薦制度を導入し、スポーツや芸術などで約40人募集している。同校によると、9教科の5段階評価の合計が38以上で、野球部は中学での全国大会出場などが受験の条件になり、面接を経て合否が決まる。森林貴彦監督は「レベルの高い選手が多く入ってくるようになった」。毎年10人程度合格しており、05年センバツの45年ぶり出場や08年夏の8強入りという成果は、難関大と甲子園の両方を求める選手のニーズが高い証左と言える。

 甲子園出場はかなわず今夏で高校野球を終えた森野だが、入学後から「ずっと続けられるわけではないプロより、強い企業チームで野球もやりながら会社に残るのが理想」と、現役引退後の青写真まで描いていた。

 母の知江さんも「スポーツクラスの学校には行ってほしくなかった」と野球だけの環境は望んでおらず、その夢を後押しする。入学当初は埼玉県三郷市から2時間かけて通学していた。だが、学業との両立が難しくなり、1年冬からは学校近くに家を借り、両親が交互に住み、食事など生活面を支えた。

 早稲田実(東京)にもスポーツ・文化で50人の推薦の枠がある。5段階評価の平均が3・5以上で、全国大会出場などの要件がある。今春のセンバツで4番を務めた野村大樹(2年)はこの制度を利用した。中学時代にはU-15の日本代表で主軸だった逸材が兵庫県宝塚市から東京へ行ったのには、親の意向がある。「『早稲田か慶応に進める高校に行きなさい』と言われた」と野村は明かす。中学も大学付属の同志社。「野球は、けがしてできなくなる可能性があるから」(野村)という子どもの将来を心配する親のリスクマネジメントがそこにはある。

 中学硬式のある指導者は「成績が優秀だった選手に慶応の推薦制度を伝えた」といい、その選手は地元の強豪校から、名前さえも知らなかった慶応に進学した。少子化による選手獲得の難しさは中学硬式も高校と同じ。慶応や早稲田実への進学実績を作ろうとする指導者も増えており、それだけ「文」を求める保護者や選手がいる。【浅妻博之、安田光高】=おわり

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