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第90回選抜高校野球

母校の1勝、甲子園で OB会設立、支え続け半世紀 廿日市市・並川寿男さん /広島

瀬戸内の歴史を語る並川寿男さん。自身が経営する会社にはグローブと『瀬戸内学園百年史』が置かれている=広島市西区庚午南2で、小山美砂撮影

 <センバツ高校野球>

    「夢で青春じゃけえね」

     センバツに出場する瀬戸内は今年、創部から100年を迎える。野球部OB会を設立し、現在は同校同窓会名誉会長を務める並川寿男さん(75)=廿日市市=は瀬戸内の前身の松本商業高校時代に野球部に所属。半世紀にわたり、野球部を見守ってきた。27年ぶりのセンバツ出場を喜び、母校にエールを送る。【小山美砂】

     並川さんは1957年に入部。3年の夏、県大会で当時としては戦後最も勝ち進み、準決勝に進出。二塁手として出場し、強豪の広陵相手に戦った。相手投手のカーブに手も足も出ず、0-14と大敗。その年、広陵は甲子園に出場した。「今でもスコアは思い出したくない。最後に悔しい思いをしたねえ」と苦笑いをする。

     卒業後は大阪の大学に進学。「母校の手伝いをするのがOBとしての務め」と、帰省の度に部の練習に顔を出し、ノックなどの手伝いをしたという。

     県外で就職し、一時は疎遠になっていたが、仕事先で偶然出会ったOBの先輩に誘われ、センバツ初出場の1977年から5年ほどたった80年代前半、当時の後援会に参加。だが、当時は寄付金を集める体制が整っていなかった。「野球で苦労してきた者で集って、後輩たちを応援しようや」と一念発起。OBらに声をかけ、現在に続くOB会が組織された。

     その後は瀬戸内が甲子園出場を決める度、OB会役員、同窓会会長などとして野球部を支えてきた。「やっぱり、野球は私たちの青春じゃけえね。母校の甲子園出場は夢でもある」と目を細める。瀬戸内は春夏通算で4回甲子園に出場。並川さんはセンバツ初出場時以外の過去3回、甲子園で観戦してきた。

     今年は初のOB監督である長谷川義法監督(49)が率いるチームで、特別な思い入れがある。「思い切りプレーして、なんとか1勝あげてほしいね」と期待を込める。この春ももちろん、甲子園で声援を送るつもりだ。

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