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新たなる勢力図

センバツ90/3 おかやま山陽(岡山) 下関国際(山口) 独自色で地力向上

練習で選手に指示を出すおかやま山陽の堤監督(左)=川平愛撮影

 <第90回記念選抜高校野球>

     おかやま山陽と下関国際は昨夏に続き、センバツも初出場を果たした。夏の主力だった3年生が抜けた新チームでも甲子園にたどり着いたことは、地力の高さを証明する。ともに「独自色」を出すことでどん底からはい上がってきた。

     おかやま山陽の堤監督はスポーツマネジメント会社時代に担当したプロゴルフの諸見里しのぶが同高出身だったのが縁で、2006年に監督就任。当時の野球部は元監督の不祥事もあり低迷していた。強豪校の監督の話を聞いたり、指導本の練習内容をまねしたりして立て直しを図ったが勝てず。「自分の色が出ず、コピーの上塗りだった」。監督交代の話も耳に入ってきた。

     覚悟を決めたのは40歳となった11年。選手らからグラブなど中古道具を集め、野球環境が整わない発展途上国へ贈る活動を始めた。選手を前に「世界に野球の素晴らしさを伝えてくれる人をつくりたい」と熱く語った。大学卒業後に青年海外協力隊員としてジンバブエで野球指導を行った堤監督。野球を世界に普及させるという原点に立ち返り、自らをさらけ出した。

     その直後の12年、藤井皓哉(広島)が入学。当時無名投手の藤井に才能を感じ、プロ入りするまでに育て上げた。そうした積み重ねが評判を呼び、地元の有望選手が入部するようになった。

     下関国際は05年に坂原監督が就任した当時、野球部は風紀が乱れ、部員が1人しかおらず公式戦に出場できないことすらあった。部室の清掃、道具の管理など技術以前に大切なことを徹底させ、練習も厳しくした。「甲子園に連れて行きたい。だから、選手に合わせて練習や環境を緩くすることもなかった」

     耐えられない選手はやめていき、腹をくくって野球に打ち込む選手だけが集まり始めた。今もスマートフォンを持たせず。1日2000スイングなど猛練習で力をつけた。

     センバツでは春夏通じて初勝利を狙う両校。独自色を強みに、甲子園に新たな風を吹き込む。【新井隆一、吉見裕都】=つづく

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