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勝負心・春

2018センバツ中央学院 第4部・4人のコーチ/1 母校に貢献思い強く 福嶋翔平コーチ /千葉

福嶋翔平コーチ

 <第90回記念選抜高校野球>

    福嶋翔平コーチ(28)

     昨年10月28日、関東大会決勝。会場となった横浜市の球場の待合室で初優勝を見届けると、ボールボーイを務める野球部員たちとハイタッチをして一緒に喜んだものの、彼らが部屋を出て行き1人になると涙をこらえられなくなった。「やっと中央学院が動き出した」

     中央学院高2年だった2006年。夏の大会直前に監督と部長が突然辞任し、主将がメニューを考え、他の教師が交代で練習を見る日々が続いた。迎えた大会は初戦で敗退。相手は前年秋にコールド勝ちした学校だった。

     大会後。しっかり練習しようという思いは空回りし、部員同士の衝突も増えた。そんな中、部長に就任したのが社会人野球で投手として活躍した相馬幸樹監督だった。直前に着任したばかりのコーチが突然辞めるなどし「大人への不信感があった」。しかし相馬監督がピッチングを披露した瞬間、球の威力に部員の表情が一変した。

     部内の雰囲気は変わっていった。試合前に他校の選手と話さない▽バスを降りたら整列して移動する--。現在のルールもこの頃に形作られていった。当時はその意味が分からなかったが「大舞台に立てば全ての行動が注目される。今思えば最初から甲子園を目指していた」と振り返る。

     最後の夏は遊撃手で出場したがチームは3回戦敗退。しかし、泣いている選手はほぼいなかった。自身も「完全燃焼ではなかった」が野球はやめるつもりだった。「甲子園に行きたいという気持ちが強かった」。モチベーションを失っている時に野球を続けるよう説得したのは相馬監督だった。相馬監督の母校でもある大阪体育大学に進み、野球を続けた。

     大学4年の春。相馬監督から「うちでやらないか」と声がかかった。母校に貢献したいとの思いも強く、卒業後の12年4月、正式にコーチに就任した。当初は他校の非常勤講師などと掛け持ちだったが16年からはコーチに専念している。

     自身の高校時代に歯がゆい思いがあるだけに、選手たちの「楽しい」という声を聞くのが何よりうれしい。グラウンドでは誰より厳しく接し、自分で考えさせるのがモットーだ。「『中央学院で野球をやったんだ』と言える自信をつけてほしい」。そう願っている。

         ◇

     開幕まで2週間を切った第90回記念選抜高校野球大会。第4部では、中央学院ナインが甲子園初出場を決めるまでの道のりを支えてきた4人のコーチを紹介する。(富美月が担当します)


     ■人物略歴

    ふくしま・しょうへい

     1989年生まれ。中央学院高を経て大阪体育大卒。2012年にコーチに就任し、主に野手を担当する。ヘッドコーチとして全体の指導にもあたる。

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