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センバツ90 感謝の心、伝わる場 拓殖大野球部 蔡鉦宇さん(22)

拓殖大野球部の蔡鉦宇さん=東京都八王子市で、青木純撮影

 <第90回記念選抜高校野球>

     台湾でも、日本の甲子園の決勝はテレビ中継するんです。両親は日本の野球が大好きで、僕も甲子園を見るようになりました。選手は常に全力疾走だし、どの学校もチームワークをとても大事にしている。それに、応援している人もすごく真剣なのが伝わってきました。録画した中継やユーチューブの映像を何度も見て「自分もあの場所で野球をやりたい」という夢を持つようになりました。

     その夢を実現するため、台湾の高校に通った後、青森県の高校に留学しました。日本語を3カ月勉強してから来日したんですが、津軽弁や関西出身のチームメートが話す関西弁は全然聞き取れない。ストレスで体調を崩して入院し、何度も「台湾に帰りたい」と泣きました。でも、帰ってしまえば、頑張ってお金を稼ぎ、留学させてくれた両親に申し訳ないと思ったんです。

     それからは必死で練習に取り組みました。野球用語は、台湾も日本も同じ。一緒に練習するうち、チームメートとも打ち解けられるようになりました。高校野球の規定で、3年夏の公式戦には出られない。だから、僕が2年の時にチームは「蔡を甲子園に連れて行く」を合言葉にしてくれた。そして、実際に2014年のセンバツに出場しました。仲間がいたから、夢をかなえられた。一生忘れられない思い出です。

     甲子園では、初戦の横浜戦で勝ち越しヒットを打ち、台湾から来てくれた両親に喜んでもらえました。2回戦で負けた後、「感謝しています」と、スパイクケースに入れた甲子園の土を両親にプレゼントしました。僕は泣きじゃくっていて、親の表情は何も覚えていないんですけどね。

     あの時の僕と同じように、甲子園に出ている子たちは皆、親への感謝を胸にグラウンドに立っています。今まで支えてくれた人に自分の成長を見せたいと頑張るからこそ、彼らは光り輝いて見える。そんなことを考えながら観戦するのも、楽しみ方の一つだと思います。【聞き手・青木純】=おわり


     ■人物略歴

    さい・せいう

     台湾の新北市出身。小学生で野球を始め、中学時代は台湾代表として世界大会に。2012年来日し、留学先の八戸学院光星(青森)で14年センバツに出場した。守備は一、三塁。日本のプロ選手になるのが目標。

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