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夏の高校野球

「今までありがとう」吉田から菊地捕手に

五回のピンチにマウンドの吉田輝星投手(左)に駆け寄る菊地亮太捕手=阪神甲子園球場で2018年8月21日、猪飼健史撮影

 〇大阪桐蔭(北大阪)13-2金足農(秋田)●(21日・阪神甲子園球場、決勝)

     「今までありがとう」。金足農の菊地亮太捕手(3年)は、ゲームセットで整列する直前、グラウンドで吉田輝星(こうせい)投手(同)に肩を組まれ、こう言われた。相棒から感謝の言葉を伝えられたのは、これが初めてだった。2人で涙が止まらなかった。「うん、うん」。そう返すのが精いっぱいだった。

     昨秋に新チームが発足し吉田投手と初めてバッテリーを組んだ。同級生ながら、既にエースとして活躍していた右腕は、控えだった自分には一回りも二回りも大きく見えた。配球の指示をしてもずっと首を横に振られた。「信頼されていないな」

     エースの速球にキャッチャーミットのひもはすぐにぼろぼろになった。他の投手より4倍早い1カ月に1度の交換だった。変化球に反応しきれず、捕球もできない時があった。

     金足農の捕手は下手くそ--。インターネットの書き込みを目にしたこともある。「このままでは輝星の良さを消してしまう」。そう思い、打撃練習に参加せず、捕手の練習に専念した。

     ワンバウンドの球を受け止める練習を1日約300球こなし、プロで活躍した捕手の解説動画を見て学んだ。7月までバント以外の打撃練習はほとんどしなかった。配球の指示に、うなずく回数も増えていった。

     決勝前日の20日、相部屋だった大阪府守口市の宿舎でエースと2人で誓った。「あしたは歴史を変えような」

     その決勝のマウンドは過酷だった。五回裏に6点を奪われ、「吉田の顔が今まで見たことがないくらい苦しそうだった」。駆け寄って声を掛けた。「甲子園を楽しもう。笑顔でやろう」。自身は熱中症になりかけ、一時ベンチを離れて休んだこともあったが、献身的に振る舞い続けた。「亮太のリード、捕球があってこそ自分の投球」。試合後、大会屈指の右腕は言った。

     涙の後、相棒も応じた。「吉田がいたからこそ、ここまで成長できた」。秋田に優勝旗を持ち帰ることはできず、悔しさは残る。それでも、今は自分を認められるようになった。【高野裕士、加藤佑輔】

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