受験と私

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第4回 「得意科目は満点目指した」小菅正夫さん(旭山動物園園長)

旭山動物園の小菅正夫園長
旭山動物園の小菅正夫園長

 勉強は苦手でした。文字や文章を書くのがイヤでイヤで、作文は常に0点。英語、国語、社会は人並み以下。理科は好きだったけれど、タンポポをスケッチしたら細かい部分を描きすぎて全部は終わらなかった。小さいころから生き物をよく飼っていたけれど、動物園で働くとは考えもしなかった。本当になりたい職業がなかったんだな。

 北海道大を目指したのは、そこの柔道部に入りたかったから。ぼくは高校では柔道、レスリング、ラグビー、応援団をやっていてとても忙しかった。全然勉強する暇がなかった、というか、しなかったからやっぱり勉強はできなかった。ただ単純に、高校時代から北大のキャンパスで柔道の練習をしていたから北大にあこがれるようになったわけ。周りのみんなは無謀だと言っていたし、札幌で繊維卸業をしていた父親は早く働いてほしかったから「大学には行く必要がない。落ちた方がいい」と言っていた。

 現役の時は軽く受かると思っていた。友人と合格発表を見に行って、その友人は「オレはダメだった」と言うから、「がんばれ、大学で待っているからな」と言っていたら、その友人は受かり、ぼくは落ちた。浪人1年目、夏には1カ月魚を釣りながらキャンプなどをしていた。そして余裕で受かると思っていたらまたダメだった。なぜだろうと考え、やっと気がついた。それまで「問題をここまで解けたら80点」と自分勝手に点をつけていた。しかし実際は「最後まで完ぺきに解けなければ0点」なんだと。3回目の受験では「落ちた」と思った。それで「2浪もしたし、もう家出するしかない」と荷物をまとめていたところ、なぜか合格の封書が届いた。おかしいね。

 ぼくは理科は満点、数学は1個間違えただけだった。英語は、単語なんて覚えられないから、アクセント、スペル、発音記号だけ勉強した。国語の文章問題で「作者の気持ちを答えよ」なんて出ても、ぼくの感じたことと違う。だから文法や漢字など、確実に点の取れるところしかやらなかった。

 考えてみると、「絶対に入ろう」という強い意思を持っていたからこそ、浪人中も受験勉強を続けられたのだと思う。努力すると決めたら、あとは自分ができる限りのことをする。それと、3年目でやっと分かったけど、自分を冷静に見るということも大切だね。甘い点をつけちゃだめ。模擬試験などでも満点を取りにいく。そういうふうにやって、確実な部分を少しでも増やしていくのがいいんじゃないかなあ。【聞き手・浜田和子】

◇こすげ・まさお 1948年札幌市生まれ。73年北大獣医学部を卒業、旭川市旭山動物園に就職し獣医師兼飼育係に。95年園長就任。水中トンネルでペンギンの遊泳を見せる「ぺんぎん館」など、動物の本能を引き出す「行動展示」が注目を浴び、閉園寸前だった園から、月間入園者数日本一の園へと再生させた。

2009年1月14日

海堂尊氏インタビュー「わたしが受験生だったころ」

著名人29人の「わたしが受験生だったころ」
 毎日jpに連載した「受験と私」が本になりました。サンデー毎日臨時増刊「著名人29人の『わたしが受験生だったころ』」(毎日新聞社刊・700円)です。
 あさのあつこさん、石田衣良さん、倉田真由美さん、斎藤孝さん、星出彰彦さんら著名人が、あっと驚く失敗談も含め飾らない言葉で語る大学受験体験です。

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