会いたい、と思う。会わなくていい、とも思う。ひらがなで6文字の歌姫、ちあきなおみ。新聞にCD全集の広告が出るたび、NHK-BS2で「歌伝説 ちあきなおみの世界」が再放送されるたび、心が乱される。
「夜間飛行」で飲んでいる。新宿ゴールデン街2階にあるバー、薄暗く急な階段は昭和歌謡ゴールデンタイムへのトンネル。屋号は彼女のヒット曲から、LP「もうひとりの私」の裏ジャケットはかつてここにあったバーで撮られた。物憂げな顔でひじをついたカウンターは昔のまま。そしてあの声が聞こえてくる。 ♪いつものよおーにまくーがあーきー……。日本レコード大賞に輝いた「喝采」。ぞくっとする男と女のドラマ、ヒットしたのは昭和47(1972)年、田中角栄が「日本列島改造論」ひっさげ、首相になった年だと知り、いささか驚く。ああ、歌も時代も「ねっとり」していたんだなあ、と。いまはどちらもさらさらすぎて。
「たたずまいかな。好きなところは」。バーを引き継いで2年になる歌手のギャランティーク和恵さんがぽつり。傍らのテレビからはヒットメドレーが流れている。ちあきなおみ評は多言を要しない。「あたしにとっては宿命的な歌手なんです」。ステージでは彼女の歌もカバーしている。懐メロじゃなく、ギャランティーク流、華やかに。 バーボンの水割りをおかわりしているうち、カウンターは若い女性で埋まっていた。マスコミ業界人もいる。ちょっと意外。♪女のかなしみは夜空の星になり……。「夜間飛行」の一節が浮かんだ。ひょっとして彼女たちも都会でくたびれ、酒場の止まり木で歌姫と夜間飛行か。むろんほろ酔い気分で。(編集委員)
毎日新聞 2009年11月20日 東京夕刊

| 11月20日 | 歌姫と夜間飛行=鈴木琢磨 |
| 11月13日 | ラー油蒸発事件=鈴木琢磨 |
| 11月6日 | おーい寅さん=鈴木琢磨 |
| 10月30日 | ケセラセラ…幕後も=鈴木琢磨 |
| 10月23日 | 「ラブユー」ロスプリ=鈴木琢磨 |