社説:4・28を考える 国際協調確認する日に

毎日新聞 2013年04月28日 02時30分

 61年前の4月28日、前年に締結したサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は7年近い占領状態に終止符を打ち、独立を果たすことができた。政府は、この日を「主権回復の日」として天皇、皇后両陛下を招き記念式典を行う。せっかくの機会である。私たちは、独立をはさんだこの間の国の歩みを改めて振り返り、今後どう世界の中で生きていくのか、国民的議論を深めていきたい。

 今さらではあるが、式典開催そのものには唐突な印象がぬぐえない。自民党の政権公約に眠っていたものが3月の衆院予算委の安倍晋三首相の前向き答弁でにわかに実現の運びとなった。自民党内にも異論があったようだが、首相が押し切った。

 ◇沖縄の「屈辱」に配慮を

 経済アベノミクスが比較的順調に動き出したこともあり、首相の念願でもある憲法改正といった政治的課題についても一歩進めようとした、との観測がある。天皇の政治利用との批判もあるし、来年以降どうするか、についても不明瞭である。

 といっても、近代国家として主権回復と独立を節目として位置付けること自体には異論はない。問題はその日をどういう日にするかである。

 まずは、独立が全面的な主権回復ではなかったことを忘れてはならない。沖縄、奄美、小笠原は米国の統治下に置かれたままにされ、特に沖縄は1972年5月15日の本土復帰まで、米軍の支配下にあった。沖縄の人々がこの日を「屈辱の日」とし、仲井真弘多知事が自らは出席せず副知事の代理出席としたことに思いを致すべきだ。沖縄は、現在も戦略上の拠点として、日本の米軍基地の74%が置かれている。オスプレイの強行配備が既成事実化され、出口の見えない普天間問題を抱えている。

 4・28は、日本独立の影の部分としての沖縄問題に光を当て、5月15日の返還記念日まで思いをつなげたい。今一度沖縄の過重な基地負担の実態を直視し、軽減の具体策を国民全体で論じ合う場にできないか。

 そのうえで、4・28をどう位置づけるか、三つの視点から考える。

 第一に、戦後の日本の平和立国の原点として評価したい。この日は、サンフランシスコ条約と日米安保条約が同時に発効した日である。前者は、日本を独立国家として国際社会に復帰させてくれ、後者は、米国の軍事駐留を認める代わりに戦後日本を吉田茂元首相の軽武装経済重視路線にまい進させてくれた。

 そのおかげで、戦前あれだけの軍事偏重国家だった日本が、独立後は一回の戦争もせず、一人の戦死者も出さずにすみ、奇跡とも言える経済大国への道を歩むことができた。これは戦後政治の大きな収穫だった。

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