STAP細胞事件について語る須田桃子記者(中央)と、元村有希子編集委員
STAP細胞事件について語る須田桃子記者(中央)と、元村有希子編集委員

政治・経済経済プレミアインタビュー

STAP細胞事件 理研は何を守りたかったのか

編集部

「捏造の科学者」著者の須田桃子記者に聞く(3)

 「捏造(ねつぞう)の科学者 STAP細胞事件」(文芸春秋刊)の著者、毎日新聞科学環境部、須田桃子記者へのインタビュー第3回は、理化学研究所という組織の問題に進みます。科学記者の元村有希子編集委員とともに話を聞きました。【聞き手、経済プレミア編集長・今沢真、写真・関口純】

 ──STAP細胞報道を見ていて、問題をここまで拡大させたのは理化学研究所のリスク対応、危機管理がなっていなかったからだと思いました。

 須田桃子記者 一番の憤りはそこにあります。理研の対応がひどかった結果、事件を長引かせ、取り返しのつかない損害がいくつも起きてしまったと思います。

 ──理研の対応の悪さは組織の問題でしょうか。

 須田 まさに、ガバナンス(組織統治)がなっていないことを露呈した事件でした。巨額の研究費を使う巨大組織である以上、ガバナンスが大事だと思いますが、発生・再生科学総合研究センター(CDB)=当時=のセンター長は竹市雅俊さんで、ノーベル賞をいつ受賞してもおかしくないと言われていた。理研の理事長だった野依良治さんも有名なノーベル賞学者。優秀で、科学の世界では評価が確立した人をトップに置いておけば安泰だ、という考えでガバナンスが甘かったのだとしたら、考え直さなければいけない点だと思います。

理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター」の建物=神戸市中央区で2014年6月12日
理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター」の建物=神戸市中央区で2014年6月12日

ガバナンスが効いていなかった

 ガバナンスが甘いと、大多数の誠実な研究者が迷惑を被ります。人生が狂ってしまう。現実に、CDBでも人生の予定が変わってしまった人がたくさん生まれました。所属が変わった人、海外から赴任してきたばかりで、家族を呼ぼうと思っていたところだった人、他の研究機関に転出した人。優秀な研究者の多くが人生を狂わされたことを思うと、本当にガバナンスは大切だと思います。

 ──元村編集委員も理研は取材対象の一つでしたか?

 元村有希子編集委員 研究機関といっても理研は独立行政法人ですから、企業と同じガバナンスが求められます。にもかかわらず 構成員の不始末で世間を騒がせたことに対してトップが謝らず、「未熟な研究者のせいで」と責任転嫁の発言をした。当然、「なぜトップがそういうことを言うのか?」と批判されました。

 かつて理研は「科学者の楽園」と呼ばれていました。しかし、一流の研究者が純粋に健全に研究するだけの時代ではなくなっています。税金が入っている以上、納税者への成果の還元と同時に、ガバナンスを明示しないといけません。そこが全くできていなかった。情けなかったですね。

 ──須田記者は今年1月、毎日新聞の「記者の目」コーナーで、「真相解明遠ざけた理研」という記事を書きました。そこで「理研の対応のまずさから、科学への信頼が大きく損なわれた」と指摘しています。さらに「理研の将来が見えた」とも。事件後、理研の再生は進んでいるのでしょうか。

そもそも事件の検証ができていない

かっぽう着姿の小保方晴子氏=神戸市中央区で2014年1月28日
かっぽう着姿の小保方晴子氏=神戸市中央区で2014年1月28日

 須田 理事長が代わり、今、改革策を打ち出そうとしているようですが、目に見える変化はないように思います。そもそもSTAP細胞事件をきちんと検証していませんから、反省もしていないのではないでしょうか。理研の対応を見るにつけ、「理研はいったい何を守りたかったのだろう?」と思います。理想かもしれませんが、私は、研究機関である以上、科学を守らなければいけないと思います。科学者としてまともに対応すればよかった。

 その時 恐らく目の前に「特定国立研究開発法人」がちらついただろうと思います。政府の意向もすごく気にしたでしょう。いろいろあって、変なことになってしまったけれど、科学を大事にしなければ、研究機関としての信頼を失います。いったん失った信頼は、なかなか取り戻せません。一番大切なものをなぜ守れなかったのか、と思います。

 ──やるべき調査をやらなかった?

 須田 「STAP細胞はES細胞である」という結論をもっと早く出せていれば、それを元に関係者にいろいろ聞けたはずです。でも、外部有識者の第2次調査委員会が動き出したのが昨年9月で、それと並行して解析を進めていたので すべての解析結果が出そろったのは調査のほぼ終盤でした。事実を基にヒアリングすることができたのかどうか、実は疑問です。

STAP細胞に関する調査中間報告の記者会見に出席した野依良治・理研理事長(中央)=2014年3月14日
STAP細胞に関する調査中間報告の記者会見に出席した野依良治・理研理事長(中央)=2014年3月14日

 ──半年ぐらい遅かったのでしょうか。

 須田 そうですね。早くやっていれば、12月に終了を決めた検証実験をもっと早くやめることができた。無駄なお金と労力を使わずに済みました。

成果主義が先行するのは心配だ

 ──理事長が交代して、まだ目に見える成果がないのでは、日本の科学の先行きは暗い。

 元村 理研だけでなく、がんばっている研究者はたくさんいます。小保方さんの苦い教訓で、イノベーションを引っ張るはずの若い研究者の登用をためらう雰囲気が出てくることを恐れます。

 須田 理研の理事長に就任した松本紘さん(前京都大学学長)は、優秀な若手研究者を育成する新制度を導入する方針を打ち出しているので、そこは安心していますが。

 元村 成果主義が先行するのも心配です。アベノミクスにかなう成果を目標に掲げ、研究者が鼻先にニンジンをぶら下げて走らされる馬のように「3年以内に成果を出さなければ」と焦る雰囲気が研究界に充満しています。そのような環境は不正を生みやすい。第二、第三の不正事件が起きないよう祈るばかりです。

≪理化学研究所≫

 自然科学の幅広い分野で最先端研究を担う国内最大級の研究機関。1917年設立、2003年から文部科学省が所管する独立行政法人、15年から国立研究開発法人。研究者の待遇など優遇策が認められる特定国立研究開発法人への指定を目指す。

 <「須田桃子記者に聞く」第4回は6月21日掲載です>

編集部

編集部

長く経済分野を取材してきた今沢真・毎日新聞論説委員を編集長にベテラン・若手編集者が経済・社会の最新情勢を追います。
twitter 毎日新聞経済プレミア編集部@mainichibiz
facebook 毎日新聞経済プレミア編集部https://www.facebook.com/mainichibiz

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…