(C)2014Kramer & Sigman Films  El Deseo.jpg
(C)2014Kramer & Sigman Films El Deseo.jpg

社会・カルチャー週末シネマ

ダミアン・ジフロン監督の「人生スイッチ」

勝田友巳 / 毎日新聞学芸部長

 1週間の仕事を終え、ほっと一息つく金曜夜。映画館のシートで自分を取り戻しませんか。あんな経験、こんな人生を登場人物になり切って体感すれば、少しリフレッシュして週明けを迎えられるはず。毎日新聞学芸部映画担当の勝田友巳記者が、あなたを元気にする良品を紹介します。

のみ込んだ我慢を解毒する快作か、怪作か

 どうにもむしゃくしゃして我慢できない、どす黒いモヤモヤが体にたまって危ないと感じているあなた、この映画をどうぞ。しがらみや後腐れを気にして語れない本音、とれない行動をこの映画が代わりにやってくれる。しかし、ストレス解消、気分すっきりとはならない。毒が強すぎるかもしれないのだ。アルゼンチン発の短編集は快作にして怪作である。

 離陸した旅客機の中、音楽評論家が隣り合わせたモデルに声をかけると、共通の知人がいることが分かった。モデルの元彼パステルナークが学生時代に作った曲を音楽評論家が酷評し、パステルナークは音楽の道をあきらめたという。

 なんという偶然かと思っていたら、後ろの席の老教師は「できの悪い教え子だった」と言うではないか。やがて乗客全員がパステルナークの知り合いで、みな彼にひどい仕打ちをしていたことが発覚。ついには客室乗務員が泣き出した。パステルナークは訓練時代の同級生で、デートの誘いを断った彼が今、操縦室に閉じこもっていると! 飛行機が目指すのは……。

誰もがままならない人生を送っている……

 これが第1話。あっけにとられて爆笑しながら、笑っていいのかと後ろめたさまで感じさせる過激な寓話(ぐうわ)が6本。他の話も同様で、たとえば第4話。主人公は買い物の途中で止めた車をレッカー移動された爆破技師。罰金窓口で、駐車禁止の標識がなかったと文句を言うが、まったく相手にされない。納得できず、文句を言い続けたら妻に離婚され、仕事も失ってしまう。何もかも官僚的で、非人間的な行政の仕打ちのせいだと頭にきて……。

 人生はままならないことばかり。できない我慢をぐっとのみ込み、みんなストレスと折り合いをつけながら生きていく。しかし、一度ぐらいは思いっきり怒りを爆発させてみたい。そんな願望を投射できる作品だ。

 日本でも「バカヤロー!私、怒ってます」という作品(森田芳光監督、1988年)があった。我慢の限界を超えた主人公が「バカヤロー!」と叫んで本音をぶちまける。発想は似ていても、バブル期の日本映画はキレ方に節度があった。

毒をはき出すため、できれば週末見たい映画

 「人生スイッチ」ははるかに豪快、暴力的で不道徳だ。法律の枠をものともせず、破滅的な大暴れにいたる。しかし、暴れて終わりではないところが味わい深い。

 堪忍袋の緒が切れるに任せた登場人物たちに、必ずしも幸せな結末が待っているとは限らない。それなりの代償を支払い、傷を負う。だから見ている方も快哉(かいさい)を叫びつつ、後味爽快とは言い難い。

 混迷する21世紀に「バカヤロー!」のファンタジーは通じない。半端なはじけ方ではストレスを解消できそうにない、どうせやるなら徹底して。とはいえ、現実にはできそうもないから、映画の主人公に代わってもらおう。できれば金曜の夜にでも。

 122分、アルゼンチン・スペイン合作、出演リカルド・ダリンほか。ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで7月25日から。

 <原則月1回掲載します>

【経済プレミア・トップページはこちら】

勝田友巳

勝田友巳

毎日新聞学芸部長

1965年、茨城県出身。北海道大文学部卒。90年毎日新聞に入社し、松本支局、長野支局などを経て、東京本社学芸部。映画を担当して15年、新作映画を追いかける一方、カンヌ、ベルリンなど国際映画祭や撮影現場を訪ね、映画人にも話を聞いて回る日々。毎日新聞紙面で「京都カツドウ屋60年 馬場正男と撮影所」「奇跡 軌跡 毎日映コン70年」の、2本の映画史ものを連載中。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…