対談する松下電器産業社長の松下幸之助氏=大阪市で、1958年撮影
対談する松下電器産業社長の松下幸之助氏=大阪市で、1958年撮影

政治・経済良い物をより高く売る経営

松下電器の下請け企業を救った「ウラケン」とは

中村智彦 / 神戸国際大学教授

 数年前、パナソニック(旧松下電器産業)の協栄会企業の経営者たちと話をする機会があり、以前から疑問に思ってきた質問をぶつけたみた。なぜ、松下電器産業の専属企業だったにもかかわらず、現在も国内生産拠点を守りつつ、経営を継続できているのか、である。

経営を継続できた社長たちの本音

 1970年代、多くの大企業にとって製造力の強化は急務だった。下請け企業を囲い込んで系列化を図り、生産能力を拡大した。下請け企業を協力会社として組織化し、専属の度合いを上げさせたのだ。

 「協栄会の会員企業さんは、売り上げのほぼ全てを松下電器産業に依存していましたよね。松下電器産業もそれを望んでいたのでしょうが、生産拠点を海外に移し、系列以外からの調達を始めた結果、少なからぬ協栄会企業は倒産や廃業を余儀なくされた。なぜ、みなさんは立派に経営を継続されているのでしょうか」

 顔を見合わせた社長たちの一人が、笑いながら筆者に答えた。

 「ウラケンや、ウラケン」

 「ウラケン?」

 「そうや、裏でやるからウラケン。裏でやる研究、“裏研”や」

 その社長は続けて次のように説明してくれた。

1957年の全国長者番付で第1位となった松下幸之助・松下電器社長(中央・右)=大阪府門真市で、辻口文三撮影
1957年の全国長者番付で第1位となった松下幸之助・松下電器社長(中央・右)=大阪府門真市で、辻口文三撮影

 「昔は、松下電器産業から我々の工場に見回りというか、しょっちゅう指導にやってきた。その時、松下以外の製品の試作や生産をやっていたらおおごとになる。去年よりも今年、今年よりも来年と発注量は増えるのに、なぜ他社の仕事を取ろうとするのか。そんな余裕があるなら松下への生産能力を増強しろ、という時代だった」

経営者は工場長ではない

 専属度合いを高めすぎた結果、技術革新や生産拠点の海外移転によって仕事を失い、事業継続が困難になった協栄会企業は少なくない。その場にいた社長たちは、次のように話をしてくれた。

 「うちは裏研をしてきたおかげで、今、自動車関連の仕事を受注できている」

 「今日、ここにいる経営者はみんな裏研をしていた。そやなかったら、今ごろ会社は無くなっている」

 その時、協栄会の中でも長老格の経営者が、筆者を手招きして呼んだ。

 「もしかしたら、私らが松下電器産業の創業者・松下幸之助さんを裏切っていたと誤解するかもしれへんので、少し説明しておきたい。私は、幸之助さんと一緒に仕事をした世代や。幸之助さんが私らに繰り返し言っていたのは、『経営者たれ』や」

 松下電器産業が協栄会を組織した理由は、「自主責任経営を強化するため」だったのは、前回説明した通り。

 「うちの会社には200人ほどの従業員がいる。家族を含めたら、800人ほどの生活が私ら経営者の肩に乗っかっているわけや。幸之助さんは、私らに工場長になれと言ったわけやない」

 工場長は従業員であり、仮に工場が閉鎖になっても職を失うわけではない。工場の従業員の割り振りについては本社の人事部の管轄である。しかし、経営者は違う。

 「確かに70〜80年代、松下電器産業の生産も私らへの発注量もどんどん伸びた。そやけど、そのころから生産拠点の海外展開は進んでいた。そうしたら、いつか国内の需要は減少する──そんな予想もできん者は、経営者としては失格やろ。幸之助さんが言いたかったのはそのことやったはずや」

「合理化」で企業が失うものとは

 ここにつづったことは、実は古くて新しい課題である。設計開発能力も営業力も切り捨て、顧客の指示に従って製造だけに注力することは、一見、合理的だ。コスト縮減、さらには売り上げの増加につながるだろう。

出荷間近の「ななめドラム洗濯乾燥機」=静岡県袋井市の松下電器産業静岡工場で2008年6月25日、大竹禎之撮影
出荷間近の「ななめドラム洗濯乾燥機」=静岡県袋井市の松下電器産業静岡工場で2008年6月25日、大竹禎之撮影

 しかし、それは企業の競争力を喪失させ、時代の変化の中で自社の存在意義そのものまでも失わせてしまったのである。経営者のみならず、変化の激しい時代の中で生きるビジネスパーソンも心すべきことと思うのは、筆者だけだろうか。

 経営者たちは、どのように牙を守り、研ぎ、生き残ったのか。次回から事例をもとに学んでいきたい。

 <次回の「良い物をより高く売る経営」は9月上旬の掲載予定です>

経済プレミア・トップページはこちら

中村智彦

中村智彦

神戸国際大学教授

1964年、東京都生まれ。88年、上智大学文学部卒業。96年、名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程修了。外資系航空会社、シンクタンクで勤務。大阪府立産業開発研究所、日本福祉大学経済学部助教授を経て、現職。専門は中小企業論と地域経済論。中小企業間のネットワーク構築や地域経済振興のプロジェクトに数多く参画し、日テレ系「世界一受けたい授業」の工場見学担当も務める。

イチ押しコラム

藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」
地下化されたワルシャワ中央駅上の広場。スターリン建築と民主化後のビルが林立する(写真は筆者撮影)

西に移動させられた国ポーランド 首都ワルシャワの今

 ◇ポーランド・ワルシャワ編(1) 36年前、高校の文化祭のディベートで、「史上最大の英雄は誰か」というお題に、「ポーランドで共産…

メディア万華鏡
週刊文春11月1日号

メディア騒がすドタキャン沢田研二の「格好いい老後」

 騒ぎ過ぎじゃないか。取り上げ方の息もなんだか長い。ジュリーこと沢田研二さん(70)が、10月17日にさいたまスーパーアリーナで予…

職場のトラブルどう防ぐ?

「部下の夫から連日クレーム」42歳女性上司の困惑

 A美さん(42)は、夫が院長を務めるクリニックの事務長を務めています。2カ月前から経理担当として働いているB子さん(33)の夫か…

ニッポン金融ウラの裏

進む「キャッシュレス化」誰が責任を負っているのか

 キャッシュレス決済を巡る論議が高まり続けている。政府も外国人旅行者の増大を踏まえて、キャッシュレス化推進の旗を振り続けている。社…

知ってトクするモバイルライフ
デザインや機能を一新した「iPadプロ」。左が11型、右が12.9型

新「iPadプロ」はホームボタンなくして超高性能

 アップルは、米ニューヨークで10月30日(現地時間)、「iPadプロ」の新モデルを発表した。11月7日に発売される予定で、価格は…