笠戸事業所から開所式用に運び込まれた最新鋭の高速鉄道「クラス800」。17〜19年に866両の納品が予定されている
笠戸事業所から開所式用に運び込まれた最新鋭の高速鉄道「クラス800」。17〜19年に866両の納品が予定されている

グローバル海外特派員リポート

鉄道発祥の英国に殴り込み「ビッグ3」追う日立の快進撃

坂井隆之 / 毎日新聞・前欧州総局特派員(ロンドン)

 日立製作所の鉄道事業が、英国で「快進撃」を続けている。2005年にロンドンと英仏海峡トンネルを結ぶ高速鉄道を受注したのを足がかりに、12年には都市間高速鉄道866両の大量受注に成功。14年には通勤電車にも受注を広げた。9月には90年を超える同社鉄道事業の歴史で初の海外車両工場を英中部に開設し、さらなる大型プロジェクト獲得を狙っている。11月の操業開始を間近に控えた新工場を訪ね、インフラ輸出の最前線を担う同社の強みを探った。

 ロンドンから特急電車で北へ約2時間半。駅から車を20分ほど走らせると、広大な原野に灰色の巨大工場が姿を現した。屋内に入ると、新築特有の建材のにおいが漂う。工場の床は磨き上げられ、操業前の緊張感が伝わってきた。

 工場の設計と生産の責任者である統括技術部長の与野正樹さん(56)の案内で、施設内を歩いた。生産機械が所狭しと設置されている光景を予想したが、予想以上に大きな空きスペースが目を引く。「このスペースによって、組み立てラインの途中で問題が生じた車両を抜き出し、他の車両を先に進めることができます。作業の効率は大幅に上がります」

日立のニュートン・エイクリフ工場。敷地面積は4万2000平方メートルに及ぶ
日立のニュートン・エイクリフ工場。敷地面積は4万2000平方メートルに及ぶ

衰退・英国の技術者を日本の技術で「喝!」

 与野さんによると、新工場建設にあたってはモデル工場である山口県・笠戸事業所の「弱点」を徹底的に研究したという。

 車両並べ替えのためのスペースの確保以外にも、車両を一時的に屋外に出すときに雨にぬれないためのひさしの設置や、組み立てラインとリフトの床に段差を設けて、スムーズに車両をリフトに移せるようにするなど、さまざまな「現場の知恵」を設計に取り入れた。与野さんは「長年の技術者の願望を、ほとんど実現させた」と満足そうに話す。

 人の育成にも力を入れている。蒸気機関車を世界で最初に発明した英国だが、鉄道産業は海外との競争で衰退し、国内の鉄道車両工場はカナダのボンバルディア1社のみ。新工場の現場スタッフ約500人のほとんどは、鉄道製造経験が無い新規雇用者だ。日立は面接などで絞り込んだ英国人約30人を笠戸に送り込み、現場指導者として一から鍛え上げた。

 「常に強調しているのは、ネジ締めや配線の一つ一つが、安全に直結しているということ」と与野さんは話す。与野さんは07年、日立が買収した車両整備工場の指導も担当した。「当初は整備士が平気でゴミを床に捨てていたので、何度も指導した。床が汚れていたら、必要な部品を落としても気がつかない恐れがある。安全管理は掃除から始まっているんです」

 「掃除は自分たちの仕事ではない」と反発した技術者たちも、やがては自主的に掃除を始めた。「英国人は基本的にまじめで、納得すればきっちりと仕事をする。この経験が、新工場でも役立っている」という。

工場内部を説明する与野さん。「トラバーサー」と呼ばれるリフトが置かれる床(横向きにレールが敷かれている部分)が製造ラインよりも低く設計され、車体をスムーズに移すことができる
工場内部を説明する与野さん。「トラバーサー」と呼ばれるリフトが置かれる床(横向きにレールが敷かれている部分)が製造ラインよりも低く設計され、車体をスムーズに移すことができる

日本型ものづくり、英国の鉄道産業復興で「恩返し」

 日立は、05年に欧州で初受注した高速鉄道を前倒しで納品し、半年も早い営業運転開始を実現させた。品質管理を徹底し、工期をきちんと守る日本型ものづくりは、「車両の納品遅れは日常茶飯事」(業界関係者)だった業界を驚かせ、その後の大量受注につながった。

 日立は昨年4月、鉄道事業のグローバル本社を英国に移転し、当地を独シーメンスなど世界の鉄道ビッグ3を追う中核拠点に据える。新工場が日本標準の品質を実現することは、日立の世界戦略上、必要条件といえる。

 新工場が位置するダーリントンは1825年、世界で初めて蒸気機関車が営業運転した「鉄道発祥の地」でもある。従業員の採用面接では「鉄道製造に携わることは、子供たちへの誇りになる」といった志望動機を語る人が相次いだという。一方の日本の鉄道史は約140年前、英国人技師による指導から始まった。

 与野さんは「ここで英国の鉄道産業復興に関わることに巡り合わせを感じる。日本の鉄道技師として、恩返しのつもりで技術を伝えたい」と意気込んでいる。

工場敷地内にある試験走行用線路。実線ともつながっており、製造した車両はここに一時置かれ、出荷されていく
工場敷地内にある試験走行用線路。実線ともつながっており、製造した車両はここに一時置かれ、出荷されていく

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坂井隆之

坂井隆之

毎日新聞・前欧州総局特派員(ロンドン)

1973年、京都市生まれ。広島大学大学院修了。98年毎日新聞社入社。千葉支局を経て、2003年から経済部で証券、自動車、日銀、金融庁、財務省などを担当。12年10月から欧州総局経済担当特派員として、英国をはじめ欧州、中東、ロシア、アフリカの経済ニュースをカバーした。16年10月から再び経済部。

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