JR甲府駅近くにある武田信玄公像=2008年3月4日、曹美河撮影
JR甲府駅近くにある武田信玄公像=2008年3月4日、曹美河撮影

社会・カルチャー戦国武将の危機管理

「バカ殿」だった武田信玄を救った重臣の忠言

小和田哲男 / 静岡大学名誉教授

 武田信玄のことを詳しく記した「甲陽軍鑑」に興味深いエピソードがある。天文8(1539)年というから、信玄19歳のときのことである。そのころの信玄は、父信虎との関係もよくなく、また、弟信繁が家督をつぐことになるかもしれないという不安が原因だったと思われるが、生活が乱れたことがあった。

 具体的には、若い女ばかりを集め、昼間から座敷の戸を立て回し、遊び狂ったり、詩作にばかり興じていた。跡とりがこの状況では、武田家の危機である。それを見かねた傅役(もりやく)の板垣信方が思いきった行動に出た。

詩作を身につけ信玄に意見した板垣信方

 自分の屋敷に詩作の得意な僧侶を招き、信玄には病気休養と偽って出仕をしばらく休み、ひそかにその僧侶から詩作を習った。詩作といってもふつうの詩ではなく、漢詩である。そして、25、6日で漢詩を作れるまでになり、出仕し、「我等にも一首仰せ付けられ候(そうら)え」と申し出ているのである。

毘沙門天に武運を祈願する武田信玄の書状(朝護孫子寺霊宝館蔵)=2014年3月3日、松本博子撮影
毘沙門天に武運を祈願する武田信玄の書状(朝護孫子寺霊宝館蔵)=2014年3月3日、松本博子撮影

 びっくりしたのは信玄で、それまで詩作している様子を批判的な目で見ていた信方になど、漢詩ができるわけはないと思ったが、あまりにしつこく「題を下され」というので、題を与えたところ、即座にみごとな詩を作った。

 不審に思った信玄は、「また一首作ってみよ」と題を与えると、これまたみごとな詩を作った。信玄は、「あらかじめ題を予想し、他人が作った詩を提出したのだろう」と疑い、さらに三つ、別の題を出したが、その題でも即座に詩を作ってしまったのである。

 さすがに信玄もこれには驚いて、「即座にて詩五つ作りたるは、いつの間に作り習いたるぞ」といったのに対し、信方は平然と、「この程二十日あまりの稽古(けいこ)なり」といい、実は、病気と称して出仕を休み、その間に僧侶から習ったことを暴露している。

 そして、続けて、「晴信公、詩を作り給(たま)う事、大方になされ候え、国持ち給う大将は国の仕置(しお)き、諸侍をいさめ、他国をせめ取(とり)て、父信虎公十双倍名を取給わば信虎公と対々にて御座候」と意見をしているのである。「晴信公」というのが信玄のことである。

重臣の意見が信玄を「帝王」にした

山梨県甲州市・恵林寺にある武田信玄の墓前で手を合わせる参拝客=2007年4月13日、富田洋一撮影
山梨県甲州市・恵林寺にある武田信玄の墓前で手を合わせる参拝客=2007年4月13日、富田洋一撮影

 ただの意見ではきき目がないと信方も思ったのであろう。「詩作など、その気になればわずかの稽古でできる。それを詩作に狂うとは何事か」と、実体験に裏づけられた意見をしているのである。家臣たちのこうした意見、すなわち諫言(かんげん)が、信玄を一人前の武将に育てあげたといってよい。

 19歳という年齢も絶好のタイミングだったかもしれない。このあと、詩作に狂うこともなく、遊び狂うこともなく、帝王学を身につけていった信玄の様子をみると、危機管理というのは、戦国大名当主だけでなく、重臣たちによっても担われていたことを見ないわけにはいかない。

 <次回の「戦国武将の危機管理」は、「三矢(さんし)の訓(おしえ)」で知られる毛利家のお話です。12月14日掲載の予定です>

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小和田哲男

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com

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