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膨張する医療費 壁は高いが制度改革が必要だ

平野英治 / メットライフ生命副会長・元日銀理事

 厚生労働省は、100歳を迎える全ての国民に記念品として贈る銀杯の予算を半分に削減する。来年度から、銀杯は純銀製ではなくニッケルと亜鉛の合金に銀メッキを施したものとなる。

 なぜだろうか? 100歳を迎える高齢者の人口が増え続け、銀杯を授与する財政的な余裕がなくなったためだ。100歳以上の人口は2014年9月時点で5万8820人。旧国立競技場の観客席を埋め尽くしてもまだ余る。銀杯が初めて贈られた1963年の授与対象者は約150人だった。

 日本人の平均寿命は世界一であり、誇るべきことである。しかし、銀杯の例に見られるように、長生きにはさまざまな社会的なコストを伴う。それは医療費の増大を見ても明らかだ。医療費は過去20年間で2倍に上昇、年間40兆円に達し、そのほぼ半分を65歳以上の高齢者が占めている。

25年までに医療費は55兆円に膨張!?

 高齢化に伴い、がんや認知症、心臓病などの疾患の有病率が増加しており、複合疾患の治療費はさらに高くなる。医療費は、団塊の世代が全て75歳以上となる25年までにはおよそ55兆円にのぼると予想されている。一方、日本の政府債務は国内総生産(GDP)の2倍以上に膨れ上がり、さらに増加している。

 日本は「純銀」の銀杯に固執する余裕はない。課題は、制度改革を行うことによって将来にわたって同レベルの健康と安全を維持する道筋を立て、その一方で今日の高齢化社会の社会的・経済的な現実に合わせていくことである。

100歳を迎える高齢者に贈られていた純銀の銀杯=2015年8月27日、古関俊樹撮影
100歳を迎える高齢者に贈られていた純銀の銀杯=2015年8月27日、古関俊樹撮影

 なぜこれがそんなにも難しい問題なのだろうか?

 公共政策の他の領域と同様に、医療にも、限りある財源をどこに、そして誰に配分し、費用を誰が負担するかといったことに妥協が必要だ。しかし、公共政策の大半と異なるのは、医療政策におけるこうした意思決定は事実上、人の生死に関わるという点である。また、人はいつ病気になり、けがをするかわからないのと同様に、このような財源はいつ、どういった場面で必要とされるかわからない。

 医療に関する意思決定が恐らく他の公共政策の領域よりも困難に、感情的なものとなる背景にはこうした特性がある。

持続不可能になりつつある医療制度のコスト

 しかし、難しいからといって逃げ腰になるべきではない。変化しないことの代償は、変化することの代償よりも大きいからだ。

 英国や他のヨーロッパ諸国と同様に、日本には健康と長寿に幅広く寄与してきた包括的な公的医療制度がある。しかし、この医療制度は厳格な性質がゆえ、改革は限定的であり、コストは持続不可能となってきている。

 米国の医療制度は柔軟性があり、市場指向型で、世界で最も技術的に優れた医療制度の一つとなっている。しかし、こうした医療制度においても先進治療の多くは、低所得者層には手が届かない。

 どの国の医療制度が最も優れているかは一概には言えない。むしろ、医療制度とは各国の価値観と優先事項を反映した意思決定や妥協の結果なのだ。日本にとって最も重要なことは、現在の医療制度が我が国の今日と将来における優先事項を反映しているかどうかを開かれた場で議論することだ。

 この課題を方向付けるには二つのタイプの制度を組み合わせることが求められるだろう。例えば、政府は経済的に余裕のある人が医療サービスを受ける際の自己負担額を増やす一方で、低所得者は十分な医療サービスを受けられるようにする必要があるだろう。

富裕な高齢者の自己負担引き上げは可能では?

 高齢者が家計の金融資産の大半を保有していることを考えれば、経済的に余裕のある高齢者の保険料と自己負担額を引き上げ、より大きな負担を求めることが可能ではないだろうか。

 また、医療改革はデジタル技術やデータを活用して、財源を最も必要としている領域を見極めるなど、さらなる効率化に焦点を絞る必要もあるだろう。さらに、高齢者が長い間元気で健康的に過ごすことができるよう、認知症や心臓病などの疾患予防により多くの財源を投入する必要性も考えられる。

 最終的には、医療に関する意思決定や妥協について国民的な議論を行うべきである。今まさに重要なのは、将来の医療制度についてオープンかつ率直な議論を始めることだ。これを正しく行えば、次世代に安心と健康をもたらす手助けとなるだろう。彼らも「銀杯」で酒を飲みながら100歳の長寿を祝うことができるように。

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平野英治

平野英治

メットライフ生命副会長・元日銀理事

1950年生まれ。73年、一橋大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。33年あまりの勤務で国際局長や国際関係担当理事を歴任した。金融政策、国際金融の専門家で、金融機関の監督にも手腕をふるった。2006年に日銀理事を退任後、トヨタ自動車グループのトヨタファイナンシャルサービス株式会社に転じ、14年6月まで副社長を務めた。同年9月、メットライフ生命保険日本法人の副会長に就任。経済同友会幹事としても活動している。

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