社会・カルチャーベストセラーを歩く

ラーメン好き「ナルト」と村上春樹が描く人物の共通項

重里徹也 / 文芸評論家、聖徳大教授

 前から気になっていた岸本斉史「NARUTO −ナルト−」(集英社)を読了した。全72巻。2カ月余かかった。国内はもちろん、海外でも人気のある長編マンガだ。

 国の傭兵として使われる忍者の姿を描いている。舞台は架空の時代で架空の都市。彼らは隠れ里と呼ばれる場所で暮らし、壮絶な戦いに明け暮れる。

 ストーリーの太い幹は、主人公・ナルトの成長だ。忍者学校の落ちこぼれだった彼が、持ち前の明るさとブレない信念で、国を代表する存在になっていく。逆境にめげないピュアな性格で、物事に果敢に取り組む勇気や、友人を大切にする情の厚さも持ち合わせている。三枚目的なところもあり、周囲からは笑いが絶えない。

 印象に残った点を挙げてみよう。ネタバレになるので、未読の方は注意してほしい。

 まず、忍者の視点から物語が描かれていることだ。権力を握る政治家の堕落した様子にも触れられるが、忍者たちは権力構造に表立ってあらがったりはしない。権力から独立した形で、ナルトたちはひたすらに敵と戦う。多くは自らの意思で、兵士の任務を遂行している。

 描写の多くは戦闘場面で、激しいアクションシーンが続く。次から次に奇想とも呼ぶべき風変わりな忍術や仙術が出て来る。分身や変身の術だけではない。死者がよみがえったり、砂や虫を自由に動かしたり、何でもありだ。

英ロンドンで行われたコスプレ大会で、2012年10月撮影
英ロンドンで行われたコスプレ大会で、2012年10月撮影

主人公が体の中で飼っている魔獣

 最も重要なポイントは、ナルトが自分の体の中に九尾(きゅうび)と呼ばれる魔獣を飼っていることだ。九尾は九つのしっぽを持つ妖狐で、圧倒的なパワーを持っている。ナルトは生まれた時から、この魔獣を飼う状態に置かれていて、それが人々に差別される理由にもなっていた。

 一尾から九尾まで、巨大な力を持つ魔獣(尾獣と呼ばれる)は9匹いる。また、9匹が集合すると十尾という、さらに超越的な力を有する存在になる。

 魔獣を飼っている人間は人柱力(じんちゅうりき)と呼ばれ、強力なパワーを持つことになる。しかし、魔獣は両義性を持っていて、暴走すると手がつけられない。また、人柱力は尾獣に去られると死んでしまう。

 尾獣たちは強い軍事的意味を持っている。どの国がこれらの魔獣を持っているかは、国どうしのパワーバランスにも影響しているのだ。

 自分の意思とはかかわりなく、このような化け物を体内で飼うことになった人物は多大な苦難を強いられる。周囲からは差別と畏怖(いふ)を持たれる。ナルトをはじめ、この過酷な運命を背負わされた人物が何人か登場する。

「心の闇」のメタファー

 魔獣は強いメタファー(暗喩)の力を感じさせる。何のメタファーなのか。少年犯罪が起きるたびに、未成年者の「心の闇」がマスコミから指摘される。魔獣とは「心の闇」のようなものなのか。

 圧倒的なパワーは原子力の比喩のようにも見える。戦闘員の忍者が飼っていることに注目すれば核兵器のようだし、文明の道具として読めば、原子力発電にも見える。

 読んでいて気になることは、絶えず、過去が問題になることだ。敵は新しい世界(他の国とか、他の惑星とか)からくるのではなく、過去のしがらみが生んでいる。ナルトたちは歴史と戦っているようなのだ。作者の世界観だろうか。

 ナルトの敵たちが抱いている思想が興味深い。多くは個人を溶かした全体主義のような世界を妄想している。すべての人間が同じ夢を見て行動しない世界、時間が止まったような永遠の世界だ。彼らはこの地上の世界に恨みを持っている。そのために、こんな反知性、反現実の観念的な世界を希求し、陶酔しているのだ。

 これに対してナルトは目の前にある現実を大切にする。人間の弱さを尊いものと考え、日々の生活をいとおしむ。相手を殺すことより、対話を深めることを重視する姿勢は、こんな態度に根差している。

(C)岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ
(C)岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ

パスタをゆでる村上作品の主人公とラーメンをすするナルト

 ここまで書いて、ナルトの態度は村上春樹の作品の主人公と共通点が多いことに気づく。絶対的な観念の世界、人工的な美の世界に対抗して、村上の登場人物たちは人間の弱さを肯定し、目の前にある1本の缶ビールを大切にしていた。

 違う場所で活躍し、大衆の人気を得ている同時代の表現者に共通点が見られるのはよくあることだろう。興味深いところだ。

 村上作品の主人公たちは日常を慈しむようにパスタをゆでる。一方、ナルトはラーメンが好きだ。生まれた時に両親が亡くなったナルトは母親の手料理の味を知らない。カップ麺ばかり食べていたのだが、忍者学校の恩師にラーメン店に連れていかれ、以来、やみつきになった。

 店のカウンターでラーメンをほおばる姿。ナルトほど、そんな横顔が似合う忍者はいないだろう。

    ◇    ◇

 「ベストセラーを歩く」は原則、月1回の連載です。次回は2016年の新書大賞を受賞した井上章一「京都ぎらい」(朝日新書)を取り上げます。どうぞお楽しみに!

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重里徹也

重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。

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