くらし高齢化時代の相続税対策

創業者が引退準備を始めたら会社と仕事が若返った

広田龍介 / 税理士

 東京都内在住のIさん(87)は、父親が起こした子供向け玩具の製造販売事業を引き継ぎ、大きく成長させた。妻(83)と、結婚して家族を持った長男(51)、長女(48)、次女(46)の子供がいる。

 会社は無借金経営で、長男を後継として社長に据えた。しかし完全に任せられないので、院政を敷いていた。

 妻も同様に若い時から経理全般を受け持ち、銀行との資金調整にあたってきたため、資金管理を経理担当者に完全に任せきれないでいた。

創業社長夫婦が会社を譲ることを決めて……

 経営のコンピューター化、IT化はもはや当たり前だが、Iさんの会社は昔ながらの古いやり方を続けていた。通帳と印鑑はIさんの妻がしっかりと握っていたのだ。

 経理担当者は請求書と納品書をチェックし、支払申請書を作成して妻に確認してもらい、銀行員を事務所に呼んで支払いなどを済ませる。

 経理担当者であっても会社の財務内容全般を把握できない状況だ。会社の決算内容も、社長である長男とIさん夫婦しか知らない。

 ある時、Iさんの妻が庭先で転んで太ももを骨折し、1カ月ほど入院することになった。経理責任者の妻が1カ月も会社を離れることはなかったため、ちょっとした騒ぎになった。会社の支払い業務が滞ってしまったからだ。

 Iさんは改めて、古い経営体質と夫婦の年齢を考えた。そして、そろそろ会社から離れる時期かもしれないと考え、長男や経理担当者に仕事を任せる準備を進めることにした。

 同時に、会社の事業承継対策と自分の相続対策にも取り組み始め、相続財産を調べて相続税の金額を試算してみた。

重しが取れて会社全体が活性化

 財産額の6割は会社の株、3割が不動産だった。金融資産はあまりなかったが、相続税率は最高税率に達していた。妻にも財産はある。配偶者の2分の1の規定を使用すると、2次相続時の相続税がさらに大きくなるため、配偶者の税額軽減は使えなかった。

 Iさんは、財産を子供たちにどのように分けて、納税資金をどのように捻出するのが良いのかを検討した。

 会社の株は、Iさんが80%、妻が20%を持っている。社長である長男は持っていない。

 会社の経営は無借金で安定しているし、預貯金など資金面も問題がなかった。Iさんは、会社株式を長男に、不動産を娘2人に相続させる旨を記した遺言書を作った。長男に対しては、株式を会社に買い取ってもらうことで相続税納税資金を捻出するよう、また娘2人に対しては、不動産の一部を売却して手当てするよう指示した。

 一通りの準備を終え、Iさん夫妻はようやくけじめをつけた気分になった。毎日出社していた会社へは、時々顔を出す程度に。経理事務を若手に完全に任せ、今まで実現できていなかった経営のIT化は、長男が精力的に進めている。

 会社全体が若返りをしているようで、なんだかうれしい。やはり、創業者がいつまでも居座っていては、経営や組織は生まれ変われないのだ。

 <「高齢化時代の相続税対策」は毎週日曜日更新です。次回は9月18日です>

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広田龍介

広田龍介

税理士

1952年、福島県いわき市生まれ。85年税理士登録。東京・赤坂で広田龍介税理士事務所を開設。法人・個人の確定申告、相続税申告、不動産の有効活用などを中心に幅広くコンサルティング活動を続けている。相続税に関する講演やセミナーも開催している。

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