くらし高齢化時代の相続税対策

元気なうちの財産整理で子供への責任を果たす

広田龍介 / 税理士

 東京都内で暮らすT子さん(75)は長兄(82)、次兄(78)、弟(73)の4人きょうだい。全員それぞれの家庭を持ち、元気に暮らしている。1990(平成2)年に父親を、96年に母親を亡くした。

 父親が亡くなった時は、T子さんは夫の仕事の関係で米国に住んでいた。その時は母親が健在だったので、家族全員そろっての遺産分割協議には出席せず、母と長兄に相続の手続きを任せた。分割協議書、サイン証明書、在留証明書などの各種書類は国際郵便でやり取りした。

 90年はバブルの最盛期。金融機関に勧められ、多くの人が相続対策をしていた。父親も亡くなる前年の89年、銀行の勧めで自宅を取り壊し、融資を受けて賃貸マンションを建てた。そのおかげで家族が相続税について心配することはなかった。

 父親の相続財産は、この賃貸マンションの土地・建物と銀行からの借入金だった。母親がすべてを相続した。ところがその直後、バブル経済が崩壊し、賃料相場が下落してマンション経営が苦しくなっていった。そのため、長兄が母に代わってマンション経営にあたった。その母親も96年に亡くなった。

母親所有のマンションを誰が相続したのか

 20年がたち、T子さん自身が夫の相続対策を考える年齢になった。そのための財産棚卸しをしていて、ふと疑問が浮かんだ。

 父親の相続時は遺産分割協議に必要な書類を集め、手続きをした記憶がある。しかし、母親の相続時には何も手続きをしなかったことを思い出したのだ。

 そもそも当時はバブルがはじけて不動産評価額がかなり下落しており、借入金も残っていたから、相続税申告は必要なかっただろう。だがそもそも、マンションを誰が相続したのか。きょうだいの話し合いもなかった。

 土地と建物の登記簿謄本をとって確認したところ、なんと所有者は母親のままだった。銀行借入金はどうなっているのかを知りたくて抵当権の欄を見たら、当時記載されていた状態、つまり銀行が根抵当権を設定したままだった。

 融資した銀行が、母の相続で手続きを踏まないわけがない。さらに調べたところ、借入金はその後全額返済されていたことが分かった。

 いろいろ調べると、子供がいない父方の叔父が長兄を養子にし、その叔父の財産を相続した長兄が、財産の一部を売却して、そのお金を借入金返済にあてたようだった。もちろん、他のきょうだいは養子縁組も借入金返済のこともまったく知らなかった。マンション経営を長兄に任せっきりにしていたのだから、当然だ。

問題の先送りは子供たちに負担をかける

 私の事務所に相談に来たとき、T子さんは「きょうだい4人が高齢になった今、マンションの権利関係を明確にしておきたいが、それ以上に、きょうだい4人できちんと話し合いをしたい」と説明した。

 長兄がどんな気持ちで叔父の養子になったのか、バブルがはじけた当時のマンション経営がどれほど大変だったのか、叔父の財産を相続したことに後ろめたさを感じて黙っていたのか−−考えれば、知らないことだらけだった。

 元気なうちにきょうだい全員が集まり、それぞれの20年の幸せと苦労を分かち合いたい−−T子さんはそんな心境に至ったのだろう、と思えた。

 また現実問題として、20年前の母親の相続に係る遺産分割協議をしなければならなかった。マンションを誰が相続するのか、売却して代金を分けるのかなどを自分たちが決めないと、子供たちに大きな負担をかけることにもなる。T子さんには、長兄に連絡し、腹を割って話すよう勧めた。

 その時々、家族で話し合ってきちんとした処理や整理をしておかないと、次の世代に負の遺産を残す。そのことを示す好例だった。話し合いは今も続いている。

 <「高齢化時代の相続税対策」は毎週日曜日更新です。次回は10月30日です>

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広田龍介

広田龍介

税理士

1952年、福島県いわき市生まれ。85年税理士登録。東京・赤坂で広田龍介税理士事務所を開設。法人・個人の確定申告、相続税申告、不動産の有効活用などを中心に幅広くコンサルティング活動を続けている。相続税に関する講演やセミナーも開催している。

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